A.I.

題名A.I.(原題:A.I. Artificial Intelligence)
監督スティーヴン・スピルバーグ
出演ハーレイ・ジョエル・オスメント(デイビッド)、ジュード・ロウ(ジゴロ・ジョー)、フランセス・オコナー(モニカ・スウィントン)、他
制作USA(2001年6月30日公開)

雑感

う〜ん、久しぶりに詰まらなかった。

言い出したらきりがないけれど、やはり職業柄、モノ作りという点でリアリティのなさが気になった。

ひとつは「一回セットしたら二度と解除できない」……愛情が簡単に解除されても困るのだろうが、人間は気が変わるということもあるし、事情が変わるということもある。ミスもある。どんな機械でも(たとえどんなに手続きが複雑でも)リセットできないものはない。「彼」を作るには莫大な資金を必要としたであろうに、設定を間違えたらその瞬間にガラクタとなってしまうのか(事実、そうなってしまったわけだが)。

もうひとつはオーバー・クオリティ。例えば自動車は、大事に大事に乗って20〜30年保たせることもできようが、それにしたって日々のメンテナンスあってのことで、点検も部品交換もなしに使い続けていたら5年がいいところだろう。何の点検も受けず、何千年も――人類が滅んでもなお――動き続けるロボットを、一体誰が何のために作るのだろう。

そもそも「彼」は成長しない。大人のロボットならいざ知らず、愛玩用の子供ロボットは、一軒の家で可愛がられるのは数年がいいところなのではないだろうか。子供の頃に肌身離さず大切にしていたぬいぐるみも、ある程度の年齢になったら押入れにしまわれるように、愛玩ロボットを必要としなくなる時がすぐにくるはず。そういう配慮が全くなされていない。

「彼」は人間の食事ができない。有機物を口から摂取するとあっという間にハングしてしまう。そんな莫迦な! 人間はペットを飼う時、猫でも熱帯魚でも良いが、まずエサをやろうとするはずだ。人間同士だってそう。友達と付き合うといえば、多くの場合喫茶店でお茶を飲んだり、飲みに行ったりすることとほぼ同じ意味だろうし、客をもてなすといえば御馳走を振舞うことであろう。つまり、愛情表現の第一は食事なのだ。それなのに食事ができないのでは第一歩から失格である。鉄腕アトムは、食事をしても自分のエネルギーにはならないけれど、付き合いで料理を口から摂取することができる。

ま、スピルバーグにも凡作はあるということだな。

A.I. [DVD]

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