龍馬伝-06「松陰はどこだ?」

雑感

ものすごく話をすっ飛ばしている印象。龍馬の最初の江戸遊学は一年半に及んだはずなのに、もう終わり。ペリー来航も、それに伴う幕府の慌てぶりもほとんど描かれず、あっさり開国。阿部老中が対応に困って諸般に事情を話し、意見を求めたことは前回チラと映ったが、それでおしまい。ペリーとの会見が横浜に決まるまでの経緯も山ほど話があるのだが。このあたりの幕府の腑抜けぶりは、龍馬の生き方に大きな影響を与えるので、もう少し細かく描いてもよかったように思う。

黒船病にかかって剣術修行もさぼっていた龍馬だが、吉田松陰と出会い、目が見開かれる思いだった。剣の稽古にも意義を見出し、千葉定吉に頭を下げて再び道場に戻る。

土佐では、山内豊信に褒められた武市が再び意見書を出すが、豊信は「こいつは上士ではない」のひとことで終わり。吉田東洋は武市を呼びつけて話を聞くが、一方的に攘夷論を述べる武市に、その程度の人間かとつぶやく。一方弥太郎は、平井加尾の口添えでとある商家に能力を見出され、江戸に学問に行くなら費用を出すと言われる。調子に乗って加尾に結婚を申し込むが……

稽古に出てこなくなった龍馬を心配する佐那。重太郎に力添えを頼むが色よい返事がない。「私が龍馬さんを好きなのを知っているくせに……」となじるが、武家の娘がこんなセリフを口にするかなあ? 本心はどうあれ、表向きは「私が龍馬に会いたいから稽古にきてほしい」ではなく「龍馬の将来が心配だから稽古にくるべきだ」のはずだし、どうしても言うなら「私が好いているのを……」ではないのかな。「好き」という表現があまりに現代的でちょっと浮いていた。

これは、加尾に結婚を申し込む弥太郎も同様だが。当時は、当人どうしがいきなり口説くなどあり得ず、しかるべき人を立ててまず相手の親に申し込みをするのが通例だったはず。しかし、岩崎家が誰に頼んでも平井家の娘を嫁に取る使者に立ってくれようはずもない。弥太郎も、江戸へ修行に行き、ひとかどの人間になってから申し込むべきだった。そうすれば、多少可能性は変わってきたと思うが。

今回初登場の吉田松陰生瀬勝久はトリックでおなじみ。テンションの高い人だが、松陰役には合っているのかも知れない。しかし、アメリカ密航を企て逮捕された時の松陰は24歳。死ぬのは29歳の時。なんだって今年49歳の生瀬にやらせるかなあ。当時の志士たちは皆若かったのだ。そういう若さが、このドラマからは全然感じられない。