これが最後ののだめ映画

のだめカンタービレ最終楽章 後編」4回目。上映は25日まで、つまり今日が最後。それをレイトショーで観た。これが正真正銘のラスト。思ったより客は入っていた。

題名のだめカンタービレ 最終楽章 後編(4回目)
劇場-

前回(「三木清良の演奏場面の迫力!/のだめ後編3度目」)の感想は自己嫌悪。原作あっての映画ではあるが、漫画と映画は別作品。映画には映画のいいところもたくさんあるのに、漫画と比較してここが足りない、ここがおかしいと減点していっては、映画作品に対して失礼である。あくまで映画作品の中で批評をしないといけない。

とはいえ原作を読んでしまえばどうしても比較したくなる。だから映画を見終わるまで原作は読まないようにしていたわけだが、ひとたび原作を読んでしまうと、結局原作との比較になってしまうのだ……だから、今回は極力漫画原作のことは忘れ、これまでのドラマ、映画前編を思い起こしつつ、映像を見ての印象を大切にしようと心がけて観た。

  • 峰がパリに行ってのだめや千秋と再開するのはひとつの山場だが、この時なぜ真澄ちゃんも同行したのか。彼の渡欧費用は誰が出したのか。自分が用意できたとも思えないが、峰が出してやったとしたら、気前良過ぎだろう。しかしドラマ的には真澄がいた方がよかったんだろうな。ここで千秋、清良、峰、真澄、黒木というR☆Sオケの創立メンバー+のだめが揃うことが重要。
  • 清良とのだめの再会の場面が不自然。清良はウィーン在住だよね。それがパリに来たのはコンクールのため? でもなぜコンセルヴァトワールに? それに、この時のだめは授業で急いでいたんじゃないか。だから朝食の途中で(千秋も大事な話がありそうだったのにそれを振り切って)急いで学校へ来たのではなかったか。それとも授業は済んだのだろうか(授業中、あの臭うお弁当をずっと抱えていたのか)。
  • 千秋とRuiのコンチェルトを見てのだめがショックを受ける理由が、やはりよくわからない。やりたいと思っていた以上のことをやられた、というが、のだめは(最近進境著しいとはいえ)一介の学生であり、Ruiは世界的なプロのピアニスト。のだめには天才的な資質があるのかも知れないが、Ruiも天才少女と呼ばれ、しかも既に10年以上のキャリアがある。Ruiが先を行っているのは当たり前で、そんなことでショックを受けていてどうするんだ。早くプロになれよ、としか言えないではないか。
  • Ruiがピアノを弾く時にカットバックでのだめのピアノ姿が映し出されるが、これは誰の目に映っていたものだろう。映画だと、のだめが自分の姿を思い浮かべていた、という風にしか解釈できないと思うのだが、これでいいのか(原作ではのだめの姿を見ていたのは千秋)。
  • ミルヒーとの共演後に姿を消す理由も、やはりよくわからない。のだめはプロのピアニストを目指していたのではなかったのか? それとも一度でも千秋と共演できたらそれでよくて、あとは日本に帰って幼稚園の先生になる? しかし、プロの指揮者として道を歩き始めたばかりの千秋がアマチュアのピアニストと共演するメリットは何もない。プライベートで、たとえばR☆Sオケと共演するなら、別にこれ以上苦労して上を目指さなくても、今のままでも機会はあろう。プロとして認められるために、コンクールに出たかったんでしょ。「もうできない」って、はあ? としか思えない。いったいこの子はこの先どうやって生活するつもりなんだろうね?
  • 江藤耕造先生はなぜハリセンを(しかも特大のものを)持っていたんだろう? ハリセンは捨てたはずではなかったのか?

まあ、結局ハッピーエンドで終わって良かったが、疲れる内容だった。これで最後とは納得がいかない。玉木宏上野樹里をはじめ、みんな一息ついて、次を考えているところかも知れないが、一年後の公開を目指して「オペラ編」をぜひ実写でやってもらいたい。テレビのSPとかではなく、オペラこそ劇場で観たいではないか。清良も日本に戻ってR☆Sオケで和気藹藹とやっているところも、黒木がターニャにプロポーズするところも、峰が演出としてその才を発揮するところも、千秋とブー子との掛け合いを見たのだめが「なにが凄いってあの人千秋先輩のことを世界一舐めてますよね?」と言うところ……見たいと思いませんか? 僕は見たい。もう一回見たい。前編・後編とも興行収入は40億円を超えたとか。大ヒットである。営業的にももう一回やる意味はある。