高杉晋作は力石徹そっくりだ/龍馬伝-41「さらば高杉晋作」

雑感

先日、映画を観に行った際、劇場のポスターで近日上映される「あしたのジョー」に伊勢谷友介が出演することを知った。で、そのポスターを見たらもういけない。今回の龍馬伝はシリアスな話なのだが、伊勢谷友介がどこからどう見ても力石徹にしか見えないのだ。

恐らく、病んだ高杉晋作が、過酷な減量を行なった力石に重なるのだろうが、これほどまでに高杉が力石そっくりとは。

ところで、僕は福山雅治は嫌いではない。龍馬伝における彼の演技をどうこういう向きもあるようだが、決して下手だとは思わない。ただし、話をする時に相手の顔を見ず、すぐに視線をそらすのだけはやめてもらいたい。実生活で、話の途中で視線をそらす人は、自分の話をまじめに聞く気がないという意思表示である。話している側にとってこれほど腹立たしいことはない。福山の場合、相手の目を見つめ続けているだけだと演技が単調になってしまうから、変化をつけるために身体を動かしているのだろうが、そういう派手な動きをしなければ表現できないところが、福山にとっての壁なのかなあと思う。

死期を間近に控えた高杉と龍馬が海辺で語らうシーンは、今回のハイライトだが、龍馬は高杉から少し離れたところで水遊びをしており、その姿勢で高杉と会話をする。元気一杯の龍馬はともかく、高杉は瀕死の重傷なのだ。大きな声を出すことはできないだろう。いつ容態が急変するかも知れない。彼のすぐそばにいて、彼をじっと見つめていなければ、それもわからないではないか。

ところで、大政奉還がどういう意味合いのものであるかについて、番組での説明は少し(いや、かなり)ずれているように思う。それに関してはまた後日書いてみたい。

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