顔の区別がつかなくなる「フェイシズ」

観て良かった。こういう作品と出合えるから、映画はやめられない。

題名フェイシズ(原題:Faces in the Crowd)
制作総指揮ミラ・ジョボビッチ
監督・脚本ジュリアン・マニャ
出演ミラ・ジョボビッチ(アンナ)、ジュリアン・マクマホン(ケレスト、刑事)、サラ・ウェイン・キャリーズ(フランシーン、アンナの友人)、マイケル・シャンクス(プライス、アンナの同棲相手)、デビッド・アトラッキ(ラニヨン、プロファイラー)、マリアンヌ・フェイスフル(ランゲンカンプ、医師)、他
公式サイト映画『フェイシズ』 公式サイト
制作アメリカ・フランス・カナダ(2012年5月12日公開)
劇場ヒューマントラストシネマ渋谷

粗筋

ニューヨークで連続暴行(レイプ)殺人事件が起きる。既に被害者は5人だが、一切の手掛かりなし。アンナは、友人のフランシーン、ニナと飲んだ帰りに妖しい声を聞いたと思ってそっと覗いたらカップルがコトに及んでいるところだった。と思ったら男が女の喉を切った。ヤバイ! そっとその場を離れようとした瞬間、携帯が鳴る。目撃していたことを犯人に気づかれた! アンナも襲われて手を切られるが、川に落ちてかろうじて助かる。が、落ちた時に頭を打って、「相貌失認」になってしまう。病院で目を覚ました時に、親友のフランシーン、ニナ、婚約者のプライスがいるが、誰だかわからないのだ。

物語はふたつの展開がある。ひとつは、相貌失認にかかってしまったことを多くの人には言えず、辛うじて親友と同棲相手には打ち明けるものの、その深刻さは伝わらず、必死で適応しようと努力するところ。プライスがキスをしようとしても、知らない(顔の)人に対してその気になれない。プライスを朝送りだす時に、着けているネクタイを覚えておき、夕方待ち合わせの際はそのネクタイを目印にする。いつまでも避けてはいられないので、セックスにも応じるようになるが、まばたきをするたびに自分の上に乗っている男の顔が変わる……。

もうひとつは、犯人に襲われて逃げる時に携帯や鞄を落としてしまったため、犯人はアンナの身元を知っている。顔を見られたからには、彼女の口をふさごうとするに相違ない。つまり、自分は殺される。しかも、自分は顔がわからないため、警察に協力を依頼することもできず、犯人が近くにいても誰だか全くわからないのだ。

自分の実の父親が、職場まで彼女を迎えに来た時、父親だとわからず、自分を待ち伏せている男がいる! と必死に逃げるあたりの恐怖感はすごかった。これではとてもまともに生きていくことはできないだろう。犯人はつかまるのか……?

感想

「相貌失認」というのが具体的にどういう症状なのか、よくわからない。病院では、相手の顔と過去の記憶が一致しない、つまり、すべての人が初対面に思えてしまうと説明があった。これだと、いわば一種の記憶喪失であり、顔の区別はついていることになる。しかし「相貌失認」を調べてみると、顔の区別がつかなくなるとの説明もある。人間の、目がふたつで口が一つ、という数や、その位置関係はほとんどの人に共通で、ほんの微妙な違いを私たちは何百人、何千人分と区別して生活しているが、考えて見ればかなり特殊な能力であり、ちょっとどこかのスイッチが切れて、区別がつかなくなる、というのは考えられる。この場合は、みんなの顔が同じに見えることになる。実際、アンナが一時期小学校の教師に復帰した時、生徒の顔が全員同じに見える場面があった。一方、まばたきするたびに別の顔になる、というのはまた別な症状な気がするが、アンナにとってはこれが一番深刻なように見える。

いずれにしても実生活に多大な影響を及ぼすことは想像にかたくないが、実は、想像できることもある。というのは、僕は役者の顔が覚えられないのである。覚えられないというより、区別がつかないことが多い。同じ東洋系でも日本人より韓国人や中国人の方が区別がつきにくく、東洋人より西洋人の方が区別がつかない。昔、洋画(や海外ドラマ)に興味がなく、たまに見ても面白くなかったのは、顔が判別できないせいだったことを思い出した。

日本人でも、若い人の顔は区別がつきにくい。以前「交渉人 THE MOVIE」を見た時、反町隆史成宮寛貴が区別がつかなくて苦労した。AKB48の女の子はみんな同じ顔に見える。顔の区別がつかないと、ドラマなどはすぐに筋がわからなくなってしまう。特に練りに練ったサスペンスなんかは伏線自体が全くわからず、興醒めなことおびただしい。最近はそれでもドラマや映画を見るようになって、知っている役者も増えたから、不自由しない程度に区別はつくようになったが、たとえば「アーティスト」でジョージのオークションをしているとき(ペピーの指示で)競り落とした年配の男性が、当初はクリフ(ジョージの運転手)だと思い込んでいたのだから、困ったものである……。だから、アンナの苦労は分かる気がする部分もある。顔の区別がつかないと、目の前で起きていることにそもそも興味が持てなくなってしまうのだ。

ただし、理解できない部分もある。人は、何も顔だけで他人を区別しているわけではない。例えば大勢の人の中で特定の人を探す時、いちいち顔を見ているわけではない。知っている人の場合、身長や体重、服装、仕草、その他雰囲気などで、ある程度区別がつくものである。まして席について話をすれば、声、仕草、口調、話の内容、あるいは体臭などでわかるはずである。3ヵ月も口をきいていなかったマット(ファミリー・ツリーの)なら別だが、まもなく結婚しようというラブラブのカップルが、いくら顔の区別がつかないとしても、人が入れ替わって気づかないのは解せない。目をつぶっていたってわかるのではないか?

仕事はともかく、私生活は、訪ねる時は必ず事前に連絡してもらう、待ち合わせの時は服装などを細かく教えてもらうなど協力してもらうことで、かなりの程度にカバーできる気がする。逆に、隠すのは最悪である。父親を殺人犯と誤解したりしてしまうのだ。言いたくない気持ちはわかるけど。

最終的に犯人がわかり、アンナの命は助かるが、そこに到るまでに婚約者が殺され、親友の一人が殺され、新しくできた彼氏も殺されてしまう。身近な人間がこんなに次々と殺されてしまったら心に相当な傷を負うのではないかと思うが、それは描かれず、その後も淡々と生きていくことが描かれる。もっとも、新しい彼氏に一度だけ連れていったもらった彼の田舎に行って暮らすので、静かに時間をかけて心の傷を癒そうとしていることが想像され、ちょっと胸が締め付けられるラストになっている。

とにかくめちゃくちゃ面白い。こういう作品に巡り合えると、頑張って映画観て良かったなあと思う。

配役

知っている人が一人もいなかった。ミラ・ジョボビッチは「バイオ・ハザード」シリーズの主演女優。