窓の向こうに

月に数回映画館に通う程度の映画ファンです。自分が見た映画やドラマの感想を書いています。

NHK大河第3回「蹴散らして前へ」

出演

粗筋

会津に戻ってきた覚馬は、藩校である日進館で蘭学や西洋砲術を教えようと張り切って準備を進める。蘭学を教えることは取り敢えず藩から許可が下りたが、砲術指南については許可がおりない。ちょっと江戸で学問を修めてきたからといって若いくせにいい気になっていると周囲の反感を買っているのだ。

藩から呼び出しを受け、注意されるが、覚馬は逆に、なぜ早く砲術教育を始めないのか、このままでは薩摩をはじめとする雄藩に後れを取ると力説。ちゃんと殿に聞いてくれ、殿ならわかってくださるはずなどとぶちあげ、無期限蟄居を命じられてしまう。

佐久間象山塾で親友だった川崎尚之助は、覚馬に協力するためさっさと自藩に暇願いを出し、会津にやってきて山本家に居候を決め込む。

感想

今回はちょっと感情移入できなかった。

話を聞いている限り、ご家老たちの言い分の方がもっともであり、覚馬に味方するのは難しい。覚馬は古いだの頭が固いだのと思うのみで、蘭学や西洋砲術の教育がどうして大切なのか、ということを何も説明しない。これではダメだ。挙句の果てに「あなた方は井の中の蛙だ」とやったのでは、誰が家老でも許せないだろう。よくぞ禁足処分で済んだものだ。

覚馬が西洋砲術に真剣に取り組もうと考えたのは、江戸で黒船を見、佐久間象山から教えを受け、吉田松陰勝海舟らの知己を得たからこそだろう。黒船を見たことがなく、佐久間象山も知らないご家老たちに、なぜ蘭学の大切さを順に説いて聞かせないのか。小さな子供じゃあるまいし、これでは周囲を説得できない。

覚馬の言うことが正しいとその後の歴史を知っている僕らはわかるけれど、それは結果的にそうだったというだけで、覚馬に代表される当時の「目覚めた若者たち」がみんながみんな、西洋列強で起きていることを知り、日本が今度どういう方向を目指さなければいけないのかを正しく理解し、そのための活動をしていたのかというと、実のところ、それは怪しいと僕は思っている。

世の中が大きく変わりそうな動きがあり、そうした雰囲気に若い人が反応し、身分制度の枠組みの中で抑圧されてきた怒りや、青春のエネルギーをぶつけたのが志士らの活動であって、自分らが命を懸けててもいいと思えさえすれば、ぶっちゃけ佐幕でも倒幕でもよかったんじゃないか。

今の時代でいえば、スマホやらFACEBOOKやらを使いこなしている人がカッコよくて、FACEBOOKってあれ何が面白いの? などと言っているオトナたちは古くてどうしようもない、という感覚を持つ若い人はたくさんいるだろう。これからはSNSがわかんなきゃビジネスだってできませんヨー、といっぱしのことを言っても、じゃあSNSの導入にかかるコストを得られる利益を説明しろといわれてできる人が何人いるか。それができなければ、ただ流行に乗って浮かれているだけと言われてもやむを得ないだろう。

そして実際、mixiがあっという間に過疎ったように、twitterだってFBだって、3年後にはどうなっているかわからないとまともな大人は思うわけである。そういうのをうまく活用して利益をあげている会社もあるだろうけど、それよりこれまで10年20年続けてきて確実に利益が得られたやり方を今後とも続けていこう、というのは実に真っ当な考え方である。

ただ、萱野権兵衛の「遠間では弓、接近したら槍や刀で戦うのが武士である」という言い分は納得がいきかねる。戦国時代の後期は鉄砲を何丁持っているかが戦の行方を決めた。いいや武士は騎馬だと言っていた武田は織田信長の鉄砲隊の前に大敗を喫したのである。もちろん徳川家康も鉄砲隊をおおいに活用した。これは江戸時代の武将なら誰でも知っているはずの話で、知らなければおかしい。

心身の鍛錬のために剣術や槍術に励むのはいいが、実戦を想定するならまず鉄砲隊の組織が何よりも大切。だからこそ砲術師範という役職があったわけだろう。そこまで共通認識であれば、あとは城に確保してある昔ながらの火縄銃と西洋のゲベール銃とどっちが性能が上かな、性能がいい方の練習をしましょうね、という話にもっていくことは不可能ではないはず。

200年以上も平和な世の中が続いちゃったから、武士のたしなみとして武道の稽古はするけど、実戦なんて全然考えていない、だからそのための予算はない、という事情はあるだろうし、西洋のものに対する生理的な嫌悪感もあるだろうから、簡単とは言わないが、こうした話ができれば、仮にお偉方を説得できなくても同調する人は出てきたのではないか。

ところで、覚馬が持ち込んだゲベール銃だが、性能はどの程度のものだったのだろうか、非常に興味がある。

この数年後に登場するミニエー銃は、いわゆるライフルであり、射程距離は5倍以上、精度も格段に増していたから、話にならない。が、ゲベール銃と火縄銃は、それほどの差があったのか。扱いやすさにおいては大きな違いがあったようだが、こと単発で撃つ場合、資料を読む限りでは有効射程距離や精度にそんなに大きな差があったようには思えない。だとすると、なおさら藩のお偉方が認めなかったのは正しい判断だったということになる。

  • 会津藩主の容保様が義妹を正室にしたのはよいとして、義姉の間の空気がなんかちょっと変。勘繰り過ぎか?
  • 覚馬が喧嘩をすることになり、なぜか裸に。見事にビルドアップされた肉体で驚いた。西島秀俊はもう41歳なんだが、それであの身体か……
  • ドラマでは八重は12歳、覚馬29歳の設定。これだけ年の差があれば、八重が「あんつぁま、あんつぁま」と覚馬のあとを付いて回るのは不思議はないが、27歳の綾瀬はるかがやるとブラコンのやり過ぎで気持ち悪い。まだしばらくは覚馬が主人公で八重は添え物だから、子役でもよかったのにと思う。

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