ご祐筆という仕事

先日の「八月の動乱」で、八重が照姫の祐筆になれるかなれないかという話があり、いろいろとブログやツイッターを読み漁っていたら、祐筆という言葉を初めて知った、という人が何人もいた。

そうかも知れない。日常使われる言葉ではないし、さりとて歴史の授業で習う言葉でもないからだ。僕は知っていた。これは中学生の時、国語の教科書に夏目漱石の「吾輩は猫である」の一節が載っており、そこにこの言葉が出てきたからである。ご存知の人はご存知、割の最初の方に出てくる、数少ない笑えるシーンである。*1

「あれでも、もとは身分が大変よかったんだって。いつでもそうおっしゃるの」
「へえ。元はなんだったんです」
「なんでも天璋院様のご祐筆の妹のお嫁に行った先のおっかさんの甥の娘なんだって」
「なんですって?」
「あの天璋院様のご祐筆の妹のお嫁に行った……」
「なるほど。少し待って下さい。天璋院様の妹のご祐筆の……」
「あらそうじゃないの、天璋院様のご祐筆の妹の……」
「よろしい、わかりました。天璋院様のでしょう」
「ええ」
「ご祐筆のでしょう」
「そうよ」
「お嫁に行った」
「妹のお嫁に行った、ですよ」
「そうそう間違った。妹のお嫁に行った先の」
「おっかさんの甥の娘なんですとさ」
「おっかさんの甥の娘なんですか」
「ええ。わかったでしょう」
「いいえ。なんだか混雑して要領を得ないですよ。つまるところ天璋院様のなんになるんですか」
「あなたもよっぽどわからないのね。だから天璋院様のご祐筆の妹のお嫁に行った先のおっかさんの甥の娘なんだって、さっきから言ってるんじゃありませんか」
「それはすっかりわかっているんですがね」
「それがわかりさえすればいいんでしょう」

このやりとりの中で「ご祐筆」の言葉の意味を知ったのである。「天璋院様」については、誰か偉い人なんだろうというぐらいで、誰のことだか調べなかった。授業でも説明はなかった。たぶん、国語の先生もご存知なかったのではないかと思うし、仮に説明されても理解できなかっただろう。だからつい先ほどまで知らなかった。

で、実はタッタ今調べてみたのだが、なんと天璋院様とは篤姫のことだった! 21世紀に生きる我々は、いや、2008年以降に生きる我々は、「篤姫」といえば誰のことか知っている(もちろん、宮崎あおいのことである)。*2NHK大河ドラマは、教育的効果も大きいのだ。

「八重の桜」の公式サイトでは「右筆」と表記しているが、漱石に倣ってここでは「祐筆」と記すことにする。「右筆」表記の方が一般的とは知らなかった。

*1:吾輩は猫である」はユーモア小説と言われ、確かに全体をユーモアと諧謔が包んでいるが、ニヤリとする場面はあっても声を出して笑える場面はほとんどない。この場面は、授業中にある生徒が指名されて朗読したのだが、クラス全員がテキストを持っていてそれを各自が目で追いつつ、素人のたどたどしい言葉で読み上げられたにも関わらず、該当の箇所を読んだ時に笑い声があちこちで漏れた。そのくらい可笑しいシーンだと思う。

*2:篤姫が亡くなられたのは明治16年、「吾輩は猫である」が発表されたのは明治38年。死後22年経っているが、このような大衆小説にさらりと名前が出てきて意味が通じる程度には、庶民に知られていたのだろう。