アラン・ドロンの青春「冒険者たち」

新・午前10時の映画祭の第一弾。1967年のフランス映画。

題名冒険者たち(原題:Les Aventuriers)
監督ロベール・アンリコ
出演アラン・ドロン(マヌー、パイロット)、リノ・ヴァンチュラ(ローラン、エンジニア)、ジョアンナ・シムカスレティシア)、他
制作フランス(1967年5月18日日本公開)
劇場TOHOシネマズ六本木ヒルズ

粗筋

マヌーは飛行機の操縦が何より好きだが、トラブルから免許を剥奪されてしまう。ローランは新しい自動車のエンジンを開発しているがテストに失敗し試作車は炎上。レシティアは前衛芸術家で、個展を開いたらかなりの来場があったがマスコミに酷評され自信を喪失してしまう。この三者三様に心に傷を負い、未来の閉ざされた三人の間に奇妙な友情が生まれ、三人は心機一転、海底に眠るお宝を探す旅に出る。協力者もあって首尾よく財宝を発見するが……

雑感

僕にとって映画「冒険者たち」といえば30数年前のあのねのね主演の邦画だ。観たいと思っていたがかなわなかった。男二人(あのねのねは二人組だからね)と美女一人が瀬戸内海を旅する……というような話だったはずだから、本作のリメイクあるいはパロディ的な作品だったのだろう。当時はこのような先行する作品があったとは知らなかったが。

これに限らず、広範囲に影響を与え、かなりのオマージュ作品を生み出したようだ。Wikipediaでは影響を受けた作品として、「明日に向って撃て!」(1969)、「黄金のパートナー」(1979)、「冒険者カミカゼ}(1981)、「彼女が水着にきがえたら」(1989)が挙げられている。どれも観たことがないが、機会があったら観てみたいもの。

邦画の方は、その後全く話題にならなかったところをみると、人気歌手が主演するだけの(当時あのねのねは絶大な人気を誇っていた)、映画としてはたいした出来ではなかったのかも知れない。が、その時のことがなければ今回見ようとは思わなかっただろう*1から、つながりというのは大事だと感じる。

三人が出会うシーンは引き込まれるし、傷を抱えた三人が再び結集し、いきなりトレジャー・ハンターに転身する場面の意外さにも驚かされる。そして熱い日射し、海、水着、三角関係、……今となってはベタな展開も多いが、それは本作の影響を受けていろいろな作品で設定が使われたせいか。わくわくするのは間違いない。主要な登場人物が誰一人しあわせにならない展開も印象的だ。

冒険者たち」の「冒険」は直接にはトレジャー・ハンティングのことを指すのだろうし、比喩的には新たな人生の目標を見つける旅のことを指すのか。そこは少々違和感を持つところだ。僕にとっての冒険とは、人生において、自分のやりたいことをいかに追求し、目標に近づいていくのか、そのプロセスをイメージさせるものである。彼らにとっては飛行機の操縦であり、エンジンの開発であり、芸術作品を生み出すことではないのか。宝探しは余暇の出来事である。

この宝探しで、彼らは首尾よく大金を手中にするが、それがために怪しい人物に追われ、何人も人が死ぬのに巻き込まれ、彼ら自身も最も大切なものを失ってしまう。だからこそ印象に残るといえるが。

細かいことを書き始めるときりがない。楽しい映画だった。CGがなくても面白い作品は作れるということだ。

配役

アラン・ドロンの名前は知っていたが、マヌーとローラン、どっちがアランなんだかわからなかったよ!

*1:冒頭の字幕で奇異な感じを持っていたのだが、映画が始まってすぐに登場人物がフランス語を話すことに気づき、しまった、と思った。英語以外の言語の映画は、見ようとは思わないからだ。英語は、苦手とはいってもカタコトならわかるから、字幕は頼りにしつつも、ある程度感情移入して見ていられる。時に軽妙な会話のやりとりが字幕では省略されていても、それに気づいて楽しむこともできる。英語以外の言語は全くわからないため、字幕に集中していないと筋がわからなくなり、字幕に集中していると俳優の演技に集中できない。ハンディが大きいのだ。もっとも本作は、結果的には観て良かったと思う。事前にフランス映画であることを知らなくてよかったのだ。とはいえ、いつもより疲れたし、よく意味のわからない場面も多かったのは事実だ。