ジテンの定義をはっきりさせてくれ「舟を編む」

題名舟を編む
原作三浦しをん
監督石井裕也
出演松田龍平(馬締光也、玄武書房勤務)、小林薫(荒木公平、定年間近のベテラン編集者)、オダギリジョー(西岡正志、馬締の先輩編集者)、伊佐山ひろ子(佐々木薫、パート編集者)、黒木華(岸辺みどり、馬締の後輩編集者)、鶴見辰吾(村越局長)、加藤剛(松本朋佑、辞書の監修者)、八千草薫(松本千恵、朋佑の妻)、渡辺美佐子(タケ、馬締の大家)、宮粼あおい(林香具矢、タケの孫娘)、池脇千鶴(三好麗美、西岡の彼女)、麻生久美子(ポスターの女優)、山谷花純前野朋哉、他
公式サイト映画『舟を編む』公式サイト | 大ヒット上映中!!
制作日本(2013年4月13日公開)
劇場新百合ヶ丘:ワーナー・マイカル・シネマズ

内容紹介

玄武書房では松本朋佑を監修者として「大渡海」という新しい中型辞典を作ることになった。が、ベテラン編集者の荒木は定年間近。そこで営業部の馬締が辞書編集部に迎えられることになる。営業部では芽の出なかった馬締だが、辞書作りに生きがいを見出す。

辞書作りは気の遠くなるような時間のかかる作業だ。大辞林は28年かかった。「大渡海」も15年以上。その間に西岡は移動、麗美と結婚し子供が生まれた模様。頼りなかった馬締も香具矢と結婚し、主任となり、部下を指導して辞書制作の実質的なリーダーに。退職した荒木は妻を亡くし、嘱託として復帰。そしていよいよ出版が目前と迫った時に松本が喉頭癌で入院。生きているうちに間にあうのか……

「大渡海」出版記念パーティーの場で馬締と荒木は用例採集カードの束を見せ合い、翌日から改訂作業に取り組むのだった……

感想

辞書制作は、膨大な量だが細かいところまでミスが許されず、結果的に莫大な時間がかかる。これを成し遂げるには並外れた根気と熱意がなければならない。ということは、日本初の本格辞典「言海」を作った大槻文彦の生涯を描いた「言葉の海へ」(高田宏)という本を高校時代に読んだことがあって予備知識はあったのだが、それを彷彿させるような内容だった。

それが主眼ではないが、ところどころに笑える小ネタが散りばめられていた。劇場で僕の後ろの席にいた女性客(3人ほど並んでいた。恐らく知り合い同士と思われる)が笑いの沸点が低い人で、非常によく受けていて、劇場全体の空気が温まったためだろう、後半では劇場のそこかしこで笑い声が起きていた。自分も大きな声で笑わせてもらった。こういうのも劇場で観る楽しみのひとつである。

ラストシーンで香具矢が馬締にかける言葉も割と効いている。ちょっと流行らせたい。

というわけで、映画としては割によくできていると思う。

ただし残念なのは、「大渡海」というジテンの目指す方向がよくわからなかったことだ。中型辞典の分野では既に広辞苑大辞林という二大辞書がある(これらを中型と呼ぶことを今回初めて知った。これが中型なら大型は何か? 小学館の国語大辞典のことだろうか?)。そこへ新たに「大渡海」を作成する意義はどこにあるのか。いや、というかそもそも……

この話は書くと長くなるのだが、僕はそもそも「広辞苑」や「大辞林」の編集方針は間違っていると思っている。まあ、需要に応えたものなのであれば、こういう書籍があってもよいが、辞書とは呼べないと思っている。そもそも「言海」の編集方針を踏襲したものなので、大槻文彦は立派な人だが彼の仕事は失敗だったと思っている。

言葉について説明するのが「辞書」、物事について解説するのが「事典」。英語では前者が dictionary で後者が encyclopedia、明確に区別されるが、日本語では前者を「辞典」とも言い、発音がどちらも「ジテン」であるためか、両者を混同する人が非常に多い。そして「言海」以来、日本の中型ジテンは両者の性格を兼ね備えたものが一般的である。

だから「広辞苑」は「岩波国語辞典」(西尾実が編集しているやつ)に比べて項目数はべらぼうに多いが、ひとつひとつの言葉の説明の量はあまり変わらない。「岩波国語辞典」を読んでよく意味がわからなかったからといって「広辞苑」を見ても、満足できないのだ。

膨大な項目の中には、固有名詞や歴史上の事件など、本来百科事典に収めるべき項目がかなりの数を占める。僕はこうした項目は外して、「言葉」の説明をもっとていねいに、説明をていねいにというより、用例をもっとたくさん入れるべきだと思う。そういう方向を目指した辞書もちゃんと存在して、僕の愛用する「学研国語大辞典」(金田一春彦池田弥三郎編、学習研究社)はそういう辞書である。これをもっと詳しくすると「日国」こと「日本国語大辞典」(小学館)になる。

「大渡海」は「広辞苑」を目指すのか「日国」のコンパクト版を目指すのか、全く説明がなかった。まあ、見出し語の選定に当たっては広辞苑大辞林を意識しまくりだったから、この方向を目指しているんだろうが、「国語辞典に人名を載せるべきなのでしょうか?」的なことで一度も議論ななされなかったのは物足りなく思った。そこに突っ込むと足が抜けなくなるから、あえて避けたのかも知れないが、辞書の話をするのにこの根本命題を避けるのは納得がいかない。*1

配役

エンドロールのクレジットに麻生久美子の名があってびっくり。一体どこに出てきたのか? あとでサイトを確認してみると、「ポスターの女優」とある。そんなポスターどこで出てきた……

言葉の海へ (同時代ライブラリー (341))

言葉の海へ (同時代ライブラリー (341))

舟を編む

舟を編む

*1:制作陣が、誰も辞典と事典の違いを知らなかったからかも知れない。原作ではどうなっているのだろう。仮にも物書きが、両者の違いを知らないはずはないと思うが。