ファンタジーなラブストーリー「陽だまりの彼女」(ネタバレあり)

観に行きましたよ。上野樹里が「のだめカンタービレ」以来三年ぶりにスクリーンに登場とあれば。

題名陽だまりの彼女
監督三木孝浩
原作越谷オサム
出演松本潤(奥田浩介)、大倉孝二(田中進、奥田の上司)、谷村美月(峯岸ゆり、奥田の同僚)、小籔千豊(杉原部長、田中の上司)、菅田将暉(奥田翔太、浩介の弟)、北村匠海(奥田浩介の中学時代)、西田尚美(浩介の母)、上野樹里(渡来真緒)、とよた真帆(梶原玲子、真緒の上司)、玉山鉄二(新藤春樹、真緒の先輩)、塩見三省(渡来幸三、真緒の父)、木内みどり(渡来真由子、真緒の母)、葵わかな(渡来真緒の中学時代)、夏木マリ(木下、猫屋敷の主)、古舘寛治(医師)、森桃子(潮田)、田中要次(区役所職員)、駿河太郎(平岩(夫)、浩介・真緒の隣の住人)、安藤玉恵(平岩(妻))、野間口徹(浩介・真緒の中学時代の担任)、石橋杏奈、他
公式サイト映画『陽だまりの彼女』大ヒット上映中!
制作日本(2013年10月12日公開)
劇場TOHOシネマズ 六本木ヒルズ

内容紹介

広告代理店で働く奥田浩介は、ある時クライアントである下着メーカーを訪問すると、打ち合わせに出てきたのは中学時代の同級生・渡来真緒だった。真緒は成績が悪く、性格もおっとりしているところから格好の虐めの対象になっており、それを注意した浩介も一緒にハブられることになってしまう。が、そのことで二人は親密さを増し、初キスもかわすのだった。しかし中学卒業前に浩介が引っ越すことになり、お別れ。以後10年、音信不通だった。

再会して急速に親しくなった二人は結婚を決意。真緒の両親に反対されるとあっさり駆け落ちを実行。しあわせな日々を過ごすが長くは続かず、真緒は急激に痩せていく……

雑感(ネタバレあり)

原作は知らないがオチは途中でだいたい読める。このオチは「かぐや姫」や「羽衣伝説」「鶴の恩返し」などで繰り返し使われてきたネタで、それ自体が悪いとは思わない。ただし現代に当て嵌めるなら、もう少しきめ細かい作り込みが必要ではないか。

真緒は中学時代に約二年、浩介と過ごし、10年後に再会。あっという間に恋に落ち、結婚して、姿を消す。真緒が人間として生きたのは13年ほどだが、その間、浩介と一緒に過ごせたのは約三年。わざわざ浩介に会いたくて人間に生まれ変わったというのに、これはアンマリではないか。引っ越したからといって失踪したわけでもないのに、真緒は浩介に手紙を書いたり、会いに行ったりはしなかったのか。再会した時、浩介が「偶然ですね」というと、真緒は「偶然じゃないよ」と答える。しかし、真緒が浩介の連作先を探しまわったり、自社へやってくるようにしむけたりする場面は全くない。あれは偶然としか思えないし、偶然でないならもっと早く再会できるように画策すべきだった。再会した時は、真緒の寿命がカウントダウンに入っていたわけだから、呑気にしている場合じゃないだろうに。

真緒が消えると、関わってきた人から真緒の記憶もなくなるという。実際、浩介が真緒の両親に電話をすると「あなた誰?」と言われてしまうし、真緒の勤め先も「そんな人間はいません」という。記憶がなくなるというのもファンタジーといえばファンタジーだが、まだありそうなこととして納得がいかないこともない。が、物理的に真緒の持ち物が消えていくというのはいかにもおかしい。勤め先でも、ことは記憶だけの問題ではない。真緒の担当してきた業務はどうなった。備品や、座席は。社員名簿は。それらが消えるのは変だし、消えたら消えたでさまざまな矛盾が噴出するだろう。

要は「とりかえばや」物語が成り立つのは、戸籍も義務教育もなく個人の資産も明確でなかった時代であればこそであり、現代ではもう少しうまく辻褄を合わせてくれないととても納得できないのだ。

納得できないといえば、真緒が終電で帰るといっていったん電車に乗り込むが、扉が閉まる直前にパッとホームに降りてくるシーンがある。帰れなくなっちゃったーと言って浩介と(初めて)夜をともに過ごすことになる日である。可愛いエピソードといえば可愛いエピソードだが、小田急線を普段利用する者として、この時の列車が「新百合ヶ丘行」だったのがどうにも納得できないでいる。

この時二人がいたのがどこなのかはつまびらかではないが、新百合ヶ丘より新宿寄りのどこかの駅だったと仮定する。各駅停車だと確かに下りで新百合ヶ丘行は存在するのだが、新宿駅でいうと最終の新百合ヶ丘行は23時46分発。それ以降も、各駅停車なら相模大野行が00時10分発、急行なら相武台行が00時20分発、準急なら相模大野行が00時38分発と続き(相模大野、相武台はともに新百合ヶ丘よりも遠い)、経堂まででいいなら00時52分発まである。これは平日の話だが、休日のダイヤも似たようなものである。もし新百合ヶ丘よりも藤沢寄りの駅にいたのだとしたら、そもそも上りに新百合ヶ丘行という列車はない。要するに、終電で「新百合丘行」というのは、小田急線利用者にとっては「おかしい」のである。

そこに込められた謎が何かあるのかも知れないが、伝わらなかった。なんとも杜撰な印象を受ける。

配役