窓の向こうに

月に数回映画館に通う程度の映画ファンです。自分が見た映画やドラマの感想を書いています。

官兵衛よ、もう少し周囲を見よ/「軍師官兵衛」第15話「播磨分断」

ついに官兵衛の口から「戦のない世を作るのです!」という言葉が飛び出してしまった。げんなりだ。そりゃあないよ……。

粗筋

上月城を落とし、これで播磨の統一は成った。次は播磨一丸となって織田軍と一緒に毛利に相対するのだ……という矢先、別所、櫛橋を筆頭に離反が続出。裏では安国寺恵瓊の暗躍があったのだが。播磨が二つに割れてしまい、秀吉、官兵衛が真っ青、という図。

雑感

マネジメント的な立場から、2点、感じたことを。

櫛橋左京進の離反

櫛橋左京進が毛利に付くかも知れないと感じたまではよかったが、小物だから一人では行動できない、必ず小寺の殿を巻き込むはずと考え、いち早く官兵衛は政職に、光はお紺に話をつけにいき、それぞれ確たる言質を引き出したまではよかったが、左京進が別所長治と通じ合っていたとは読めなかった……ということなんだけど、櫛橋が官兵衛のことを毛嫌いしているのは初めからわかっていたこと。

官兵衛の戦略が受け入れられて、小寺の殿からは重用される、人質を差し出せと言われればわが子を差し出すと、他の家臣は面と向かって逆らうことができない。逆らうことができないけど、皆が官兵衛を尊敬し、擦り寄っているわけではなくて、心中深くぶすぶすと不満の火種を抱え込んでいる人もいるわけで、左京進などはその筆頭だろう。ということは誰でもわかる、僕でもわかるのであって、彼が官兵衛の言に逆らう、足を引っ張る行動を取るとするとそれは「毛利につく」ということなのだから、もっと慎重に彼の動向をチェックすべきだったのではないか。今と違って電話もメールもないのだから、誰と連絡を取り合っているのかなんてちょっと見張りをつけておけばわかるだろうに。

それと、もともと地理的に播磨は毛利の陣と隣接しており、毛利元就の伝説なども伝わっていて、心情的には毛利に近しいものがあるのではないか。その上第10話「毛利来襲」のような事件もあって、敵に回した時の恐ろしさも、織田より強く感じているのだと思う。官兵衛は、自分は秀吉と親しく、信長とも会い、織田の強さを実感しているが、他の地侍たちや一般庶民がどう感じているか、もっと察するべきだ。そうすれば、もう少し打つ手もあったのではないか。

会社だってそうだ。さっさと上司の許可をもらいました、だからやらせていただきます、あれ、周りの人なんで邪魔するの? 上司がヤレって言ってるんだよ? みたいな話はいくらでもある。それは上司の許可を取ることも大事だけど、部署全体の話なんだから、みんなにも話をして、反対意見があれば辛抱強く聞き、説得する努力をしなければ、協力なんてしてもらえないではないか。だからカシコイ人は、あの人は反対しそうだからあらかじめ話を通しておこうとか、あの人は俺が言ったことは必ず反対するから、別の人の口から提案してもらおう、とか、いろいろ考えるわけである。要は、根回しが足りないのだよ官兵衛君。

荒木村重の苦悩

本願寺勢と何年も戦を続けながらも一進一退が続き、なかなか攻めきれない。その点で信長からの評価は絶賛下落中。ついに和睦を提案して信長の承認は取りつけるが、交渉に失敗。仕方なく信長に報告すると、「本願寺攻めは別の者に当たらせる。お前は秀吉の下について毛利攻めに加われ」。要は担当を外され、降格処分である。ぐぬぬ、となるところで今回は終わり。

村重が信長に反旗を翻し、説得にきた官兵衛を幽閉して、その結果官兵衛の足が悪くなる、という程度の展開は、まあ多くの人が知っていることだろう(これはネタバレじゃないよな)。だから信長のひとことひとことに村重が追い詰められていく様子を、ドキドキしながら見守っているわけだが……

和睦交渉がうまくいかなかったのは、ある意味仕方がない。顕如はよりによって「村重殿は信用できるが信長は信用できない」なんてことを言っていたけど、これは報告できるはずがない。ただ、和睦が不成立、ではこれから本願寺にはどう相対していくのか、代案が出てこなかった。下っ端だったら、とにかく正確な報告だけしてくれればいいけど、マネージャーだったら、失敗の報告をする時は挽回策も同時に言うのは鉄則。それが言えなければ、担当を外されるのも、降格されるのも、やむを得ないのではないか。

これなんか、自分自身がまさに身につまされること。思ったような成果が上がらないことは日々あるが、それを報告する時には必ず代案を出す必要がある。だからみんなうんうん悩むわけだけど、これしかないと思い定めて、それでだめだったらあとは玉砕するだけ、なんて人が上司だったら、チームとしてはやはり困るよね。挽回策を、挽回が無理でもせめて悪化を食い止める手を考え、あれこれ手を打つのがマネージャーの仕事なのだと思う。

今回は、切腹でも領地没収でもなく、降格ではあっても挽回のチャンスも与えてもらったんだから、信長としては優しいところを見せたもの。村重には伝わらなかったようだが。しかし村重、考えてもみたまえ。気が滅入る本願寺との戦いから解放され、今まさに絶好調の秀吉と組むのは、悪い選択ではないはずだ。勝ち馬に乗れば、手柄を立てるチャンスだって増える。柴田勝家の下について上杉攻めに加われって言われたらどうか、考えてみ?

しかし、こうしてみると、この村重のパターンはすぐあとに起きる明智光秀と同じである。考えてみると、村重の例がありながら、信長も成長しない、とも言えるが、まあ、人間そうそう変わるもんじゃないしなあ。

その他
  • 村重が信長から離反した理由は諸説あるようだが、ドラマを見る限り、オレは信用された、信用されなかったのは信長だ、というあたりがアレなのだろうか。
  • 恵瓊が「信長はあの性格ではあと三年か、五年か、足元から崩れる」と言ったのは、結果がわかっているから何でも言えるな、と思って見ていたのだが、史実だったようだ。ただし櫛橋左京進が造反したのは1578年、信長が死んだのは1582年だから4年後で恵瓊の予言は当たったことになるが、「信長之代、五年、三年は持たるべく候」と書き送ったのは1573年のことのようだから、「五年、三年」はかなり外れたことになる。
  • 評定の場に別所長治が来ないことが問題視されたが、小寺政職が来ないことは問題ではないのだろうか。官兵衛が名代で許されるなら、別所賀相が名代でもいい気がする。