日本映画史に残る不朽の名作だ。「ゴジラ」

封切60周年記念でデジタルリマスター版が(短期間だけど)劇場上映されている。観る機会に恵まれてよかった。

題名ゴジラ
原作香山滋
監督本多猪四郎(本編)、円谷英二(特撮)
出演宝田明(尾形秀人、南海サルベージKK所長)、河内桃子(山根恵美子、尾形秀人の婚約者)、志村喬(山根恭平、古生物学者)、平田昭彦(芹沢大助、科学者/山根恵美子の元カレ)、菅井きん(小沢、代議士)、他
制作日本(1954年11月3日公開)
時間97分
劇場TOHOシネマズ ららぽーと横浜(スクリーン9/115席)

内容

東京湾の南方、太平洋上(三宅島近辺か?)で貨物船や漁船が謎の沈没事故を起こし、救出に向かった船が連絡を絶つという事件が頻発。その後、近くの島に巨大な生物が上陸、家屋は破壊され多数の死傷者が発生する。島の古老は、伝説の怪物ゴジラだと述べる。

その後、山根博士を中心に調査団が組織され現地へ向かい、島で怪物と遭遇。調査団は島の伝説に基づきゴジラ命名。壊滅した村からは夥しい放射能反応があったことから、太古の生物が水爆実験の影響で安住の地を追われ、出現したのではないかと推測する。

調査団の報告を受けた政府は自衛隊による爆雷攻撃を開始。山根はどうして水爆実験後も生き残れたのか、その生命力の謎を調査すべきと主張したが、政府はゴジラを抹殺することにしたのだ。

が、ゴジラ爆雷などものともせず、今度は東京湾に上陸。機関銃やミサイル攻撃も受け流し、列車を踏み潰し建物を破壊、沿岸住民を恐怖のどん底に突き落とした。防衛隊は再度の上陸に備え、東京湾沿岸一帯に高圧電流を流した鉄条網を張り巡らす。が、ゴジラには通用せず再び東京に上陸。口から火のようなものを吐いて銀座松坂屋をはじめ都心を炎上させ、和光ビルの時計塔を破壊し、国会議事堂を壊して海に戻った。

もはや人類になすすべはないのか。恵美子は、芹沢ならゴジラを倒すすべを知っているのではないかと、尾形とともに訪ねる……

雑感

こういう映画だったのか。大きな興奮と感動に包まれている。

古い映画だとは知っていたが、自分が生まれるよりずっと前の作品だとは思わなかった。白黒であることにまず驚いた。が、怪獣の巨大さや迫力は時代を全く感じさせない。というより、CGと比べて特撮の方が「迫力」を出せるのではないか。60年経ってさまざまな点が進化しているが、特撮技術はもっと見直されてもいいのではないかと思う。もっとも、すっかりCGに駆逐されてしまって、今さらできる人はいないか……

怪獣映画の走りだという知識はあったが、反核反戦をここまで明確に打ち出したものだとは思わなかった。幼少の頃僕が観たいくつかのゴジラ映画は、ごく普通の怪獣娯楽映画であり、それ以上でもそれ以下でもなかったが、第一作はここまで硬派な作品だったのだ。

音質の悪いのは仕方ないところで、セリフの言い回し、登場人物の服装、お化粧の仕方ひとつとっても古臭さは否めないが、一番「ああ、このあたりはやはり古いな」と感じたのは、話の展開というか、物事に対する考え方の点だ。

ゴジラが通ったあとからは放射能反応が顕著に出た。またゴジラの口からは火を吐いているように見えるけどあれは放射能を吐いているのである(映画の中では明示的には述べられなかったが、まあ、僕らの世代の日本人なら誰でも知っている知識である)。放射能を吐く、というのも本当はおかしいから、高温の放射性物質を吐いている、ということか。

それは、物質的な破壊よりずっと深刻な問題で、現代のわれわれはその点を過度に心配するはずだが、劇中では調査団の人は放射能防御服すら着る素振りを見せない。ビルが破壊され、住宅街が焼け野原になるのも恐ろしいが、壊れた建物は再び立てればよい。しかし放射能で汚染されたらそうはいかない。ゴジラの撒き散らす放射能がどの程度の強さのものかは不明だが、品川・銀座・赤坂近辺が放射能で汚染されたら、東京は壊滅状態に陥ったといっても過言ではないだろう。そういう恐怖は描かれていなかった。

もうひとつ、60年前の作品に今さらネタバレもないだろうから書いてしまうが、芹沢博士の開発したオキシジェン・デストロイヤーは水中の生物を死滅させるもので、ゴジラもひとたまりもないだろうが、なぜか芹沢はそれの使用をためらう。僕はてっきり、オキシジェン・デストロイヤーはゴジラだけを殺すのではない、東京湾の生物をすべて死滅させてしまう。そのことによる環境被害の方が、ゴジラ一匹による被害より遙かに恐ろしいからだと思っていた。が、芹沢の思惑はそこではなく、オキシジェン・デストロイヤーがゴジラをも瞬殺する恐ろしい武器だということがわかれば、多くの国が軍事に利用したいと思うだろう。一度公開してしまえば、秘密が守れる保証はない……つまり原爆をはるかに上回る高性能な殺戮兵器ができることを恐れていたのだった。

そして、最終的にオキシジェン・デストロイヤーは作動し、ゴジラを殺すけれども、芹沢の解説によれば近辺の海域から酸素が消滅し、すべての海中生物が死滅したはずだがそのことによる影響は描かれていない。制作者も、当時の視聴者も、その点にはたいした心配はしていなかったことが窺える。

批判しているのではない。60年の年月はそういうところに最も顕著に表れていることに感慨を抱いているのだ。第一作で、よくもまあこれだけの骨太な作品を作り上げたものだ。これは確かに日本映画史に残る不朽の名作だ。

配役

菅井きんは、登場した瞬間にすぐにわかった。60年前も、菅井きん菅井きんだった。

その他

オープニングロールで出演者や制作者などが表示された。エンドロールはなかった。60年前はこれが普通だったのか。一長一短ありだと思うが、今の形式になれると、オープニングロールにはちょっとイライラするかも。