あらすじ
1564年。桶狭間の戦いから4年。光秀は越前で浪人暮らしを続けていた。しかし子供は二人もこしらえていたのであった。
京より細川藤孝がはるばる訪ねて来る。京では三好長慶が権力を掌握し、将軍・足利義輝は傀儡に成り下がってふてくされていた。京に行って義輝と話をしてほしいと。牧が藤孝に孫二人(お岸とおたま)を紹介する。なんだか唐突な演出だが、ここで藤孝とおたまの劇的な出会いがあったとするわけね。
京へ来た光秀に、義輝は、三好長慶の暗殺を頼もうと思ったが、闇討ちなどを実行すればますます将軍の権威が落ちるだけと話す。光秀は、信長を連れてきましょうと提案する。
駒は、駿府で知り合った老人から教わった「何にでもよく効く薬」をたくさん作り、医者にかかることもできない貧しい人に与えようとするが、それを知った東庵は、そんなことをしてはいけないと叱る。薬というのは、今はよくてもあとで副作用が出ることもある、お前ごときが軽々に扱っていいものではないと。それに承服できない駒は東庵に腹を立て、家出をする。出た先で、貧しい人の施しをする不思議な坊主・覚慶に出会う。
雑感
将軍義輝の権威は前回と比べてさらにいっそう落ちているということだが、義輝自身は開き直ったせいか、むしろ力強くなった。しかし義輝は何がしたいのだろう。戦のない世を作りたいなら、とりあえず京は三好が押さえていてくれているから、しばらく平和な世が続いている。自分も(形だけとはいえ)将軍職を続けさせてもらっている。それが不満で、自分が実権を握りたいなら自分が力をつけるしかない。三好に対抗できるような力のある大名を抱き込めば、今度はその大名の傀儡になるだけだ。
光秀は結局仕官しなかったようだ。畑を持っていないから作物を育てるというわけにもいかず、子どもに勉強を教えてもいくらにもならないだろうし、使用人もいるし、いったいどうやって生計を立てていたのだろう。自分に何ができるのか、と迷っているが、キミのすべきことは朝倉義景に頭を下げて禄をもらうことなのではないか?
突然やってきた藤孝に煕子は酒の肴に鯛を出す。何を質に入れたのか、大切なお方だから、という出来た嫁だが、藤孝は突然人の家にやってきて、手土産もないのかい? 自分は一応将軍の側近で、相手が貧しいぷう太郎であることは承知しているであろうに。
光秀を京に来るよう誘い、「ここへ来る前に朝倉義景殿に話は通しておいた」と言っていたが、家臣でもないのになぜ朝倉義景に話を通す必要があるのか、いったいどのような話を通したのか。そもそも今の明智家に京への旅費が捻出できるとは思えないのだが、朝倉義景の依頼で情報収集のために京へ派遣したという名目で、費用を朝倉が持つということだろうか。光秀不在の間の家族の生活費も。
義輝に対して調子に乗って信長を連れてくるなどと勝手に約束した光秀だが、今度は尾張への旅費を誰が出すのかが気になった。主軍からの直々の依頼ということで、将軍家に出させるのだろうか。
東庵先生が駒に言った、今は良くてもあとで問題が起きることがある、というのは、三好に対抗できる力ということで織田を連れてこようとした光秀に対する暗喩にもなっている? 自分は気付かなかったがネットでそのような意見があり、そうかも知れないと思った。