光秀のいいところは正直なことだが、光秀の最大の欠点は正直過ぎることだ。
あらすじ
1568年、足利義昭は美濃へ行き、信長の歓待を受ける。信長は忠義の証として一千貫の金品を送る。軍資金として提供しているわけだが、義昭は一千貫あれば一万人の貧しき人をひと月養える、などと頓珍漢なことを言い、信長を萎えさせる。
光秀は信長に命じられて、三好軍の勢力の確認と、義昭の上洛を朝廷に対する朝廷の思惑を探るために京都へ行く。駒と再会し、伊呂波大夫を紹介してもらって京の情報を入手。三好のかつぐ足利義栄は病のために京都へ行かれず、義昭が京へ来たら喜んで迎えるだろう。ただし、三好は強い、と太夫は言う。鉄砲をたくさん持っているし、人もいくらでも集めてくる、うしろに堺の会合衆がついていて、金はいくらでも使えるからだ。
その会合衆の中心人物の一人、今井宗久を駒が知っているというので、一緒に会いに行く。宗久は茶をたてながら光秀に語る。自分らは堺の商人であり、商売を保護してくれるなら三好でも織田でもよい。こたびの戦は織田が有利だと思っている。三好から手を引いてもよい。ただし、そのためには、上洛の際に鎧兜を着けぬこと……。宗久の差し出した茶を光秀はぐっと飲み込む。
美濃へ戻った光秀は、宗久の提案を伝える。柴田勝家、佐久間信盛、稲葉良通らは、武装解除しては三好に有利になるだけだとこぞって反対。光秀は、京の人心を安定させるためには戦はしないとアピールすることが肝要と説く。信長は、織田だけでは決められないと義昭の意向をうかがうと、義昭は武装なしの上洛に一も二もなく賛成。信長は光秀に、自分も本当は柴田らの意見に賛成で、武装解除などあり得ないが、今回は光秀の意を入れる。そのことを腹に収めておけ、と告げる。さらに、今後、光秀は義昭につくのか信長の家来になるのか決めよ、と言うと、光秀は、将軍家にお仕えします、と即答する。
雑感
宗久が長台詞のあとで茶を光秀に出した時は緊張した。宗久に光秀を殺す動機はないが、この物語において出されたお茶を飲むとろくなことはないのを私たちはよ~く知っているからだ。宗久が出した茶を飲んだ光秀は、条件を飲んだ、ということと引っ掛けたわけだろう。ハセヒロの所作の見事さとも相俟って、非常に印象的なシーンとなった。
信長が光秀の意見を尊重し、ここまで気遣ってくれたのに、家臣との誘いをまたも断わってしまった。不憫な信長である。そういうとこだぞ、と光秀には言いたい。この時の染谷翔太の眼の演技は見事だった。しかし、信長が義昭をかついでいる間は、光秀が義昭の元にいた方が都合がいいのでは、とも思う。
あらすじでは取り上げなかったが、光秀が京に行った時に会う藤吉郎が、なかなか面白い、というか恐ろしい。幼い頃(貧しかったので)親から針を売ってこい、たくさん売ったら腹いっぱい食わせてやると言われ、頑張ってたくさん売ったが結局腹いっぱい食べさせてもらうことはできなかった。信長さまは約束は必ず守ってくださる、という。信長とは違った形ではあるが、ゆがんだ幼少期を過ごしてきたことが今につながっている。
今週も帰蝶の登場はなし。しかし宗久の話だと、堺衆の間では、織田の戦を仕切っているのは帰蝶だともっぱらの噂だとか。黒幕帰蝶、姿は見えねど、恐るべし。
一千貫は今のお金にして約1億5000万円(公式サイト第7回のトリセツにそう書いてあった)。
駒は宗久とも知り合いだった。どれだけの人脈を持っているのだろう。
稲葉良通が、織田家の古参のような顔をして、斎藤竜興が美濃を取り返そうと狙っている……と話していたが、アンタのついこの間までの主人やで。