二度目の「インセプション」はなぜか退屈だった

28日のレイトショーで再び「インセプション」を見る。もう公開からかなり時間が経っているため人もぼちぼちかと思ったが、かなり込み合っていた。夏休み最後の土曜日の夜だからな……

今年に入ってから、気に行った映画をもう一回観に行く、ということを何度かやっている。二度目の方がもちろん物語を深く理解できるし、二度観たいと思ったほどの作品は、だいたい二度目を観て裏切られることはない。

が、本作は、一度観た時はあれほど面白いと思ったのに、二度目は退屈に感じられ、時に苦痛でさえあった。なぜだろう。改めて考えてみると、二度観たいシーン、二度聴きたいセリフはなかったな。非常に不思議だ。コブのセリフではないが、「一度見たから、もういいよ」という感じだった。

さて、ラストシーン。夢の中で回した独楽は、軸がぶれることもなく安定して回り続けていたが、ラストシーンでは軸がぶれ始めたところで終了。夢の中の安定した回転とは明らかに違うので、やはり、これはこのあとすぐに止まる、つまりこれは現実だということを示しているのは間違いなさそうだ。実際、アリアドネがモルを撃つ層から冬山に戻り、そこからホテルの中に戻り、そこから川に落ちた自動車の中に戻り、そこから飛行機の中に戻ってきて最初につながる。そこが夢の中のはずがない。

ということで自分なりに納得できたので、観た甲斐はあった。