いい映画を観た。「青天の霹靂」

映画を観るのは6日ぶりである。ずいぶん久しぶりのような気がしてしまうのだから、僕も変わったものだ。ここのところいろいろな事情で時間が取れずにいたのだが、この映画だけは観たかった(それもなるべく早く)ので、無理に時間調整をして出かけた。……いい映画を観た。

題名青天の霹靂
原作劇団ひとり
脚本橋部敦子劇団ひとり
監督劇団ひとり
出演大泉洋(轟晴夫/ぺぺ、マジシャン)、劇団ひとり(轟太郎/チン、マジシャン)、柴咲コウ(花村悦子、轟太郎の子の母)、風間杜夫(雷門ホール支配人)、笹野高史(産科医)、前野朋哉(勘太)、柄本佑(マジックバーで晴夫の同僚)、パルト小石(マジックバー店長)、黒田大輔(?)、他
公式サイト映画『青天の霹靂』| 公式サイト
制作日本(2014年5月24日公開)
時間96分
劇場名古屋ミッドランドスクエア(スクリーン2/150席)

雑感

作品の話ではなく、右側の席の人の話。顔をじろじろ見たわけではないので確信はないが、たぶん20代の前半くらいの若い女性。まず素足を前席の背もたれにどーんと投げ出していて、ペディキュアがきれいに施されているのがよく見えた。なかなか女性でこういう姿勢を取る人はいない。

ポップコーンを頬張っていたのだけど、食べる音がうるさい。よくコンビニやスーパー等で買ってきた食べ物を持ちこむ人がいて、こうしたものはレジ袋や包装紙のごそごそパリパリする音が劇場内にかなりうるさく響く。飲食物の持ち込みお断わり、としている映画館が多いが、これは単に自分のところの売店の売り上げを上げたいがために言っているのではないのだ。逆に、売店で売っているポップコーンは普通はこんなに音がしないはずなのだが、ポップコーンの入った容器の中を始終無遠慮に手でかき回していて、これが大きな音を立てるのだ。

上映中、しばしば彼女の足元がピカピカ光る。恐らく携帯の電源を切らずにマナーモードにしていて、メールかLINEが届くたびに光っているのだろう。なにしろ頻繁に光るので、こんなにいろいろ着信するのものなのか、若い子はすげえなと妙に感心したのだが、せめて鞄の中にしまっておいてくれればよかったのに、これも結構気になる。でもまあ音がしないだけましかと思っていたら、本人も気になったのだろう、途中で携帯を取り上げて中を見始めやがった。こういうことをされると辺りが明るくなるので困る。

そもそもおしゃべりがやまない。予告編を上映中に大きな声で隣の人としゃべり続けていたのは、まあ予告編はいいか、こっちも真面目に見ていないし、本編が始まればやむと思っていた、というか、やむことを期待したのだが、さすがに頻度は落ちたけど、完全にやむわけではなかった。できれば席を移りたかったが、かなり込み合っていて、空席はほぼない状態だったからそれも叶わなかった。

ところでこの彼女、どうやら笑いの沸点がかなり低いらしく、それほどのギャグでもなく、ニヤリとかクスリが適当と思われるシーンでもかなり大きな声で豪快な笑い声を立てていた。実は大きな声で笑う人というのは、僕は嫌いじゃない。シーンと静まり返っているより場が温まるというか、こちらの感情も自然に影響を受け、スイッチが入りやすくなる。こういう人が隣にいると、些細なことでもすごく面白く感じられて楽しい。こういう反応によりそえることも、劇場で観る魅力のひとつだと思う。

そして、大泉洋劇団ひとりに、「どうせその子は産まれてもろくな人間に育ちゃしねえんだから、堕ろしちゃえよ」と詰め寄るシーん。お隣さんは「えぐっ、ぐふっ、……」と文字通りの意味で号泣を始めたのだ*1。大の大人があれほど大きな声で泣くのはちょっと記憶にない。

映画も良かったけど、隣席もいい人に恵まれたなあと、しあわせな気分で劇場をあとにしたのだった。

【注】だからといって、携帯の電源を切らず、大きな音を立てて食べ、おしゃべりをやめない人がいいと言っているわけではありませんので悪しからず。

TRICKへのオマージュか?

柴咲コウ演じる花村悦子が舞台に立った時の服装(と髪型)は、TRICK山田奈緒子を意識しているよね!?

リンク

試写会に行かれたなんて、うらやましい。僕にはこのくらいシンプルな方がいい。尺が短いのも好感度が高い理由のひとつ。

あのマジックは撮影トリックがあるのか、実写なのかと思っていたが、すべてのマジックで吹き替えなし、CGなしだそうである。4ヶ月練習したっていっても練習すれば誰でもできるようになるというものでもないだろうになあ。

書いてあることにほぼ同意。「晴夫がひとりで行ったマジックは、現代でもそれなりのものだし、たとえ口下手でもあれほどの腕なら、もっと売れててもおかしくない」という点に関しては、自分は疑問に思わなかった。

あのような正統なマジックは、むしろあの時代の方が受けるように思う。現代では、有名になるにはバラエティに出るのは王道で、バラエティではマジックそのものの腕前よりも、キャラが立っているか、当意即妙なトークができるか、が大きな比重を占めているように思う。冒頭でテレビで人気の後輩にバカにされるシーンがあるが、あの時晴夫は「マジックは俺よりずっと下手なくせに」と思っていたのではないか。逆に、あの後輩は、マジックの腕では逆立ちしても敵わないことをわかっていて、コンプレックスがあるからこそ晴夫に執拗につっかかったのではないか。

もうひとつ、あの時晴夫は生きる気力を失っていた。オーディションを受けた時は、生まれてきたことに感謝し、恥ずかしくない人生を生きようと高いモチベーションを保っていた時だから、という理由もある。だから晴夫の今後の人生は、これまでとは違ったものになるのではないか。

一番いいなと思ったのは親と同じ視点で生活をするというシチュエーションを違和感なく描いていた点です。

いい視点だ。

*1:「号泣」はしばしば「激しく泣く」の意味で用いられるが、本来の意味は「大きな声をあげて泣く」である。