亀山社中が幕長戦争に参加/龍馬伝-38「霧島の誓い」

雑感

幕府による長州征伐が始まり、龍馬率いる亀山社中が長州の援軍に駆けつけるところで終わった。

龍馬伝」は、政治家や軍人の交流や行動を描くより、登場人物における男女関係の機微を描くことを主眼としているらしく、歴史の動きがしばしば端折られ、さらに、史実とは異なる描き方をされることも多い。ドラマだかられはそれでアリだとは思うが、幕末の事情にあまり詳しくない人にとってはわけがわからなくなっているのではないかと思うし、ある程度事情を知っている者から見ると、ちょっとおかしいなあと思ってしまうことも多い。

ヒマラヤスギさんもべるさんもそれなりに愛情を持って見ているようで、毎週アップされる感想をかなり楽しみにしている。ヒマラヤスギさんは、いつもドラマの中で良かったところを中心に書いておられ、ご本人の人柄がしのばれる。べるさんはドラマのおかしな点を短い言葉で情け容赦なくバッサリ斬り捨てるが、それがちゃんと的を射ているため、バッサリ感が気持ち良い。

で、本編であまりに説明不足と思われたことをヒマラヤスギさんのコメント欄に走り書きしたのだけど、この間の経緯をまとめてみる。

  • 薩長同盟を結ぶに当たって、薩摩は、長州が喉から手が出るほど必要としていた(そして長州が買うことのできなかった)武器を薩摩名義で購入し、長州に渡した。この時に饅頭屋が大活躍した(その結果、切腹に追い込まれた)ことはドラマでも描かれた。
  • 薩摩から一方的に援助を受けることをよしとしない長州は、米の不作に悩む薩摩に長州の米を贈ることとした。この米は亀山社中が鹿児島まで運び入れることになり、その責任者を池内蔵太が務めることになったくだりは、池のセリフでちょっと語られたが、その米がどういう意味を持つのかは説明されず、大方の人は聞き流してしまったのではないか。知っている僕からすると、あの米のエピソードがこれで終わりなのか……と残念に思ったセリフだった。あの米には池内蔵太の命のほかに、長州人の面子が懸っていたのだ(武士にとっては、命よりも面子が大切である)。
  • 幕長戦争が勃発。薩摩は思うところあって、直接援軍は差し向けないことにした。戦時中という逼迫した情勢の中、長州から大事な米をいただくわけにはいかないと、薩摩は、鹿児島まで運んできた米の受け取りを拒否。
  • 援軍は出さない米は受け取らないでは、長州の面子が立たず、薩長同盟が壊れることを危惧した龍馬は、直々に長州まで米を運ぶことにした。
  • 戦争中の長州に行けば、戦に駆り出されることになるだろう、と龍馬らは思っていただろうが、当然、薩摩の人間もそう思っていただろう。つまり、薩摩としては、いきなり薩摩の兵を出兵させると対外的にいろいろと問題が起きるため、今は動きたくなかったが、脱藩者の集団である亀山社中の人間が手伝う分には問題ないと、わざと龍馬らが行くよう仕組んだわけである。

ちなみにTVでは、わずかな長州兵に対し幕府は10万を超える軍隊を投入した、と、まるで勝ち目のない悲愴な戦であるかのような説明であった。それなのに、同盟を結んでおきながら援軍を出さない薩摩はなにをやっているのか、いや同盟は結んだけど、薩摩と長州では立場が違う的な描かれ方をしていたが、これもちょっと変だ。まあ、立場が違うというのはその通りではあろうが。

この時点では、長州の武器は(西郷や龍馬らの奮闘により)最新鋭であったが、幕府軍の装備は旧式だった。恐らく、将軍直属の部隊はフランスの援助もあってある程度近代化されていたのだろうが、ここでは近隣の諸藩に征長の命令を出しただけで、そうした貧乏諸藩が近代的な装備を持てるわけもなく、しかも、やる気もなければ指揮系統もバラバラ、人数が長州側の10倍以上とはいっても、長州側にしてみれば十分勝ち目のある戦だったはずだ。