窓の向こうに

月に数回映画館に通う程度の映画ファンです。自分が見た映画やドラマの感想を書いています。

野球の映画ではなく人情物語「アゲイン 28年目の甲子園」

波瑠、門脇麦和久井映見らがいい演技をした。

題名アゲイン 28年目の甲子園
原作重松清「アゲイン」
監督・脚本大森寿美男
出演中井貴一(坂町晴彦、元川越学院野球部主将)、柳葉敏郎高橋直之、元川越学院野球部投手)、和久井映見(立原裕子、元川越学院野球部マネージャー)、太賀(松川典夫、元川越学院野球部補欠)、村木仁(山下徹男、元川越学院野球部捕手)、波瑠(戸沢美枝、松川典夫の娘)、門脇麦(坂町沙奈美、晴彦の娘)、堀内敬子(高橋夏子、直之の妻)、久保田紗友(高橋マキ、直之の娘)、西尾まり(山下の妻)、西岡徳馬(柳田建司、野球部OB)、浜田学(川越学院野球部監督)、工藤阿須加(高校時代の坂町晴彦)、大内田悠平(高校時代の高橋直之)、安田顕(坂町沙奈美の養父)、阿南健治(所沢工業シニア野球部)、角盈男(坂町の上司)、高橋慶彦(川越学院野球部の現・監督)、他
公式サイト映画『アゲイン 28年目の甲子園』公式サイト
制作日本(2015年1月17日公開)
時間120分
劇場丸の内TOEI

内容(ネタバレあり)

え、どういうこと? というサスペンスフルな展開とひとつの大きなミスリードが本作の要だが、時系列に沿って並べてみる。

川越学院は順調に予選を勝ち抜き、翌日、所沢工業を破れば憧れの甲子園に手が届くところまできた。その決勝戦前夜、暴力事件を起こした野球部員がおり、警察沙汰となった。事態を重く見た学校は翌日の決勝戦を辞退することにした。

実は裕子は他校の生徒と付き合っていたが、妊娠してしまい、相手の男性があいまいな態度を取り続けたため、堕胎を決意、決勝戦の前日に病院へ行って処置をする。その帰り道に偶然松川と会い、事情を知った松川が相手の男に会いに行くと、男は川越学院や裕子に対して侮蔑的な言葉を吐いたため、手を出してしまったというもの。しかし事情聴取では男と裕子の関係は口に出さず自分が一方的に暴力を振るったといい、裕子の妊娠についても松川がレイプしたことになっていた(松川がそう言ったのか誰ともなくそういうことになってしまったのかはよくわからなかった)。

事件直後、松川は退学、裕子も学校を辞めてしまったため、当事者以外誰も真相を知らず、坂町以下、関係者は松川という補欠の起こしたレイプおよび暴力事件により、人生をめちゃめちゃにされたという思いだけが残ることになった。そして28年……

戸沢美枝は、マスターズ甲子園の事務局で働いている。別れて暮らしていた父は、阪神大震災で救助活動中に死んだ。高校時代、父が野球部にいたことは知っているが、なぜ野球をやめたのか、なぜ高校時代の仲間と縁が切れているのか、何も知らなかった。ある時亡き父の同期に当たる坂町を訪ね、マスターズ甲子園への出場を勧める。が、本人は拒絶。一応、他のメンバーにも連絡をしてくれたものの、高橋も拒否。どうも何か事情があるらしいが、それが何かはわからない。が、坂町と行動をともにしているうち、かつて父が起こした事件によって野球部が崩壊してしまったことを知る。坂町は「君には関係がない、君が責任を感じることはない」と慰めるが……

雑感

「スポーツ映画」を作ることの難しさは想像がつくから、批判をしたいわけではないが、それにしてももうちょっとスポーツしているかと思った。残念ながら、これはスポーツ映画ではない。

まず、坂町晴彦は甲子園に出られたかも知れない強豪チームの主将、娘の坂町沙奈美は幼い頃からソフトボールチームで活躍していた、という設定である。野球の素人とそうでない人の決定的な差はキャッチボールに表われる、と思う。素人は正面を向き、肘や手首を使って投げようとする。経験者は、腰を回し、身体全体で投げる。が、キャッチボールをする中井貴一門脇麦の投げ方は双方とも典型的な素人投法。エンドロールによると、角盈男をはじめ元プロ野球選手が何人が出演していたようだが、こうしたところをもう少し指導してあげればよかったのに……(それとも、指導した結果がこれなんだろうか……)。

試合展開について。そんなに何試合も描かれたわけではないが、ピンチに山下が打席に入って起死回生のホームラン、という展開が二回あった。総じて、試合展開は単調で退屈。もう少しバラエティに富ませることはできなかったか。

勝戦で、相手の所沢工業から、我々は昨年甲子園へ行っているから、今年は譲りましょうとの申し出がある。坂町は、自分たちはかつて、負けることすら許されなかった。負けるならちゃんと負けてけりをつけたいんだと、その申し出を突っ撥ねるのだが、これはない。いくらなんでもこれはない。所沢工業は、そう思ったら黙って負ければいい。わざわざ相手に告げる意味が全くわからない。また、こんなやりとりがあったなら、その後川越学院が逆手勝利をしても、相手が本気だったかどうかわからず、もやもやしたものが残るだけだ。「負けるならちゃんと負けてけりをつけたい」というセリフを中井貴一に言わせたかったのだろうが、スポーツドラマとしてはこの展開は頷けない。

一方、スポーツうんぬんをちょっと置いて、人情ものとしてみれば、見所が多い。

事情を知らない戸沢美枝と、事情を知りつつその事情を彼女に知らせたくない坂町や高橋、そうした坂町・高橋らの思惑を知らない他のOB連の無神経な発言に傷つく戸沢美枝……という心情の描き方はうまかったし、戸沢美枝の見ている松川、坂町・高橋らの知っている松川、それから……という多面的な描き方から真相をあぶり出していく手法はミステリーぽく、これも楽しめた。松川が悪いわけじゃないんだろうな、とは思ったが、まさかああいうことだったとはね。

松川が悪者にされているのにだんまりを決め込んでいた裕子にも腹が立つが、あの事件の後トラウマになって野球場へ行かれなくなり、かつてのチームメイトとも連絡が取れなくなってしまった裕子は裕子で、28年も孤独に過ごしてきたのだろう、その心情を考えるとやるせないものがある。

真相を知ったあと、高橋が「松川が黙っていたのは正解だ。もし当時、オレが真相を知ったら、相手の男をぶっ殺していただろうからな」というセリフは頷けるものがある。

配役

  • 波瑠がいい役者だった。彼女の出演作というと、TVドラマでは「新参者」、映画では「ガール」「100回泣くこと」「潔く柔く」を観ているが、どれも印象にない。今後露出が増えるといいなと思う。
  • 中井貴一和久井映見は9歳差。この二人を同い年とする設定は、少々無理があったのではないだろうか。かつて兄弟で(「夏子の酒」)、夫婦で(「平清盛」)、いまさら同級生と言われても……(中井貴一は53歳、和久井映見は44歳)。

その他

マスターズ甲子園の存在を知らず、当初は映画の中の設定なのかと思った。知らなかったけど、そういうのがあるんですね。2004年から始まって、2015年は12回大会が開催されるのだとか。テレビ中継はないのだろうか。ぜひ見てみたい。
(2015/2/22 記)