三木清良の演奏場面の迫力!/のだめ後編3度目

忙しくて一ヵ月以上劇場へ足を運べないでいるうちに、上映作品がすっかり入れ替わってしまった。TRICKが早くも一回上映になっているし、のだめ後編も、会社の最寄りの映画館も自宅最寄りの映画館も新宿ピカも一日一回、しかも朝9時台からの上映である。これでは見ようがない。

……と思っていたら、今週に入って自宅の最寄りの映画館で夜の一回に切り替わった模様。それでさっそく観ることに。

題名のだめカンタービレ 最終楽章 後編(3回目)
劇場ワーナーマイカル新百合ヶ丘

とにかく、これは劇場で観たいし、劇場で観て正解。いつまでやっているかわからないけど、もう一回は観たい。とはいえ、不満もたくさんある。

特に、前回観た後、原作を読んでしまったため、ストーリーの欠落が目に付いてしまった。

長い話を短くまとめているので、あちこちバッサリ削っているのは仕方ないが、テレビ編では長野と三善家のエピを省いただけで、今から考えても残りの部分でうまく辻褄を合わせていて欠落感がない。テレビSP編では、長い話の途中を、よくひとつの話のようにうまくまとめたなあと感心はするが、千秋の話、のだめの話と強引に2話に分けたため、エピがかなり前後してしまっており、そのため、「いつからこの二人が恋人同士になったのか」という、下世話だが重要な、そしてあとになるに従ってより重要な意味を持つ問題がぼやけてしまったのが問題だった。

映画の前編はそういう意味ではSP編からうまくつなげて、よくできている。が、後編はやはり話を端折り過ぎた。

  1. 千秋とRuiの共演は、のだめに強いインパクトを与えただけでなく、千秋にとっても、Ruiにとっても、殻を破る(あるいは壁にぶつかる)大きな事件だったはずだが、のだめのショックのみがクローズアップされ、かんじんの千秋、Rui自身にスルーされてしまったのはなんとも残念だった。
  2. のだめがミルヒーと共演する際、練習風景が一切描かれなかったため、まるでぶっつけ本番でやっつけたような印象を受ける。本番でも、のだめはただピアノを弾くだけで、指揮者やオケにぶつかっていない。引っ張ってもいない。これでは感性だけで弾いていた桃山音大時代と変わらないし、音楽に向き合っているともいえない。
  3. のだめを勝手に連れ出したミルヒーに激怒するウクレール先生のセリフが「本物のピアニストになれるかも知れなかったのに……」で終わっているとわからない。「あの子は、音楽は好きだが基本的にこの業界が嫌いです」まで言われて初めてわかるのだが。しかも、それはRuiの演奏に対する酷評の影響もあったわけだが……
  4. テレビ編、SP編、映画前編と、一貫して千秋が前を行き、のだめが後を追いかける図式だった。後編ではそれが逆転するはずなのだが、それが必ずしもはっきりとわからない。
  5. ミルヒーとの演奏の後、千秋を振り切って一人で旅するのだめが、旅先で千秋のシャツの匂いを嗅ぎ、泣きながら「先輩……先輩……」と真一の名を呼ぶ姿があって、のだめの気持ちが伝わってくるのだが、それがないため、この時期の千秋に対する気持ちが今一つはっきりしない。
  6. のだめは、今度という今度こそ、プロのピアニストとして、世間の荒波に対峙する覚悟を固めたのか。その点もはっきりしない。ラストは原作と大きく変えてしまったので、欠落とはいえないのかも知れないが、リュカのセリフ(神様が与えてくれた才能だから……)で後押しされる場面はほしかったところだ。

何度も書くけど、後編の白眉は三木清良のコンクールでの演奏場面だろう。ここだけのためにこの映画は観る価値がある。