のだめ映画の魅力

前回(「これが最後ののだめ映画」)はネガティブなことばかり挙げたが、前編・後編とも4回も観に行ってしまった魅力は何かをまとめておく。

あれこれ他の人のブログを見ていたら、「テレビのスペシャルでよかったのではないか」「テレビなら無料で見られたのに」などという意見も目に付いた。が、僕は最初にドラマを見た時から映画化してほしいと思っており、ぞれが実現して本当に良かったと思っている。

理由はもちろんあの音楽だ。テレビドラマではあの迫力は出ない。劇場空間で観て(聴いて)こそだろう。当然、スポンサー頼りのテレビドラマでは予算の制約があり、あれほどダイナミックな撮影はできなかったに違いない。有料のシネマだからこそ制作可能だったと思う。(そして、それを支えたのは役者の技量であることを強調しておきたい。千秋の指揮をはじめ、登場人物の演奏スタイルが堂に行ったものになっていたからこそ、コメディーではなくクラシック音楽映画としても成り立っているのだ。)

これはテレビではなく劇場映画のメリットだが、テレビ・映画合わせて、漫画ではなく実写ドラマであることのメリットは、登場人物の多彩さにあると思う。二ノ宮知子は「こんなにたくさんの人物が登場する漫画を描いたのは初めて」とどこかで語っていた。その割には、漫画としてはきちんとキャラクターの描き分けができている方である。これは凄いことだ。

凄いことだとは思うが、やはり一人の作者が生み出した人間だから、どうしても性格や喋り方や顔つきが似通ってしまう。それが統一感を与えることにもなるのだが、「何人でてきても同じような人物」という印象も拭えない。これは「のだめカンタービレ」の原作がそうだというのではなく、漫画の宿命である。

ドラマになると、そこに「役者」という個性がプラスされる。もちろん脚本があり、演出があるわけで、たとえばエリーゼや並木ゆうこのあの高笑いは共通するものだが、それでも役者ごとに違う。のだめや千秋はもちろん、峰は瑛太によって、清良は水川あさみによって、そしてもちろん裏軒の主人は伊武雅刀によって、命を吹き込まれたと思う。これが原作にない魅力を生んだ。

もっとも、その点でいうと、映画はテレビドラマに比べて女性が少なく、ちょっとさびしかった気持ちもある。ドラマ、というより日本編では、登場人物が大学生だからオケのメンバーにも当然女子学生がたくさんいるわけだが、それ以外にも千秋の元カノの多賀谷彩子(上原美佐)、のだめの友人の石川怜奈(岩佐真悠子)・田中真紀子高瀬友規奈)、雑誌編集者の河野けえ子(畑野ひろ子)、理事長の桃平美奈子(秋吉久美子)、千秋の母親(黒田知永子)、さらにハリセンの奥さん(白石美帆)などさほど重要な役回りでもないのに無駄に美人な役者が多くて見ているのが楽しかった。

パリ編になってから上記の人物は全く登場せず、新しいキャラとしては孫Rui(山田優)、並木ゆうこ(山口紗弥加)、ターニャ(ベッキー)くらいか。R☆Sオケの女性陣は(映画後編の清良を除いて)顔見せで映った程度、これにのだめとエリーゼ吉瀬美智子)しか女性がいなかったのは寂しい。もっとも、そのため吉瀬美智子の美人ぶりが際立っていたけれど。

かくなる上は、ぜひオペラ編も映画化してほしい。まだまだ最後じゃない。