「ガリレオ」のスピンオフドラマ。これが実に、実に面白かった。このドラマの制作スタッフに、これだけのクオリティの作品が作れるとは、正直思っていなかった。これは褒めているつもりなのだが、連続テレビドラマの方の脚本がちょっとひどいのではないかという厭味も込めている。
出演
雑感
シーズン2で湯川のパートナー役の刑事が内海から岸谷に代わったことに関して批判が強く、内海フォーエバーで作られた(と思われる)テレビスペシャル版。僕自身は別に内海カムバックとは思っていない。強いて言えば原作通り草薙俊平とのバディものでいくのが一番良かったんじゃないかと思っている程度。東野圭吾の原作なしの完全テレビオリジナル、という点も不安材料だった。が、まあせっかくここまで見たのだからなるべく漏れなく見てやろうという程度で、あまり期待せず見たのだが。
脚本が素晴らしい。ミステリードラマとしてよくできている。殺人事件の犯人として、第一容疑者はその後いろいろ矛盾点が出てきて、どうやら真犯人が別にいるらしいとわかる。ドラマが半分ぐらい進んだところで、ある人物が怪しいと感じられ、それは意外といえば意外なんだけど、そういうオチかと思ったら……さらに別に犯人がいた。で、それで終わりかと思ったら、もうひとつどんでん返しがあった。第一容疑者は殺人犯ではなかったから、警察は誤認逮捕したことになるのだが、実はそうなるように仕組まれていたという話。
意外な犯人、意外なオチ。綿密に張られた伏線。終わってみれば納得が行く。ミステリーの醍醐味だが、ここまできめ細かく作られた作品はなかなかない。すごい! やればできるじゃないか! と言いたい(褒めてます)。
笑えるところもあった。内海が、若い当摩刑事に対して「勘だなんて非論理的なことを言ってはダメ。現象には必ず理由があるの」と叱る場面はうけるが、一番笑ったのは、事件の糸口が見えなくて、内海が「さっぱり、わからない」とつぶやく場面だ。湯川の口癖がすっかりうつってしまったのだろう。後者は単なる口癖だが、前者は内海の成長のあとが感じられ、興味深い。成長と言えば、そもそもこのドラマは湯川も登場はするが事件解決に手を貸すわけではない。事件自体は内海らが湯川の力を借りずに真相にたどり着くわけで、湯川を安易に頼らなくなったのは大きな成長である。シーズン1から見ている人間にとっては楽しい話だ。
草薙、弓削とシーズン1でおなじみの人物も登場するが、弓削は「そんなことで落ち込んでどうする。俺なんかいまだに逮捕したことが一度もないんだぞ」と妙な励まし方をするのはいかにも弓削らしいが、しかし内海の協力で重要な手がかりを見つけてくるあたり、彼にも成長のあとが感じられる。惜しむらくは桜子がどこかで出てくると嬉しかったが……
もう一つ顕著なのは、柴崎コウの成長だろうか。シーズン1を見る限りでは(同時期の他のドラマを見ても)柴崎コウは決してうまい役者だとは思えなかった。特に「泣く」演技に関しては、シーズン1では初回と最終回にその場面があったが、ちょっとどうかなと。特に第一話は「嘘泣き」であり、もともと泣くのが下手な役者がさらに泣き真似をするわけで、ちょっとしらじらしかった。
本作では最後に内海が延々と泣き続けるシーンがあるが、どうしてどうして堂に入った迫真の演技である。泣いている場面だけであれだけの時間をもたせるのは相当の演技力が必要だ。柴崎コウ自身もこの6年間でかなり成長したのだ。
強いて言えば、手柄の取り合い、男女差別、警察内部の腐敗というのは「踊る大捜査線」以来フジの得意技になりつつあるが、ちょっと食傷気味である。不良警官が犯人でもいいのだが、組織自体が腐敗している(という設定である)必要はなかったのではないか。