生涯ただ一度だけ(元)妻を呼び捨てで呼んだ誇り高き男/NHK大河第33回「尚之助との再会」

今日の見所

尚之助さまと八重の今生の別れ。

粗筋

女紅場の舎監・教師として生徒を統率する一方、英語の勉強に精を出す八重。英語教師はリンカーンのゲチスバーグ演説を授業で解説。皆さんのdreamは? と(英語で)問われ、この学校を大きくしておおぜいが勉強できるようにすることだ、と八重は(英語で)答える。

東京の政府における薩長土肥の勢力争いは激しさを増す一方。長州を追い落とすために(長州出身の)槇村正直が逮捕され、江戸に連れて行かれる。お調子乗りでいい加減で、下品で粗野な槇村だが、京都の復興に夢を持っており、女学校を作り、医学校を作り、博覧会を実施しと精力的に行動している。覚馬と八重は、京都に槇村は必要と考え、江戸まで行って木戸孝允に会い、とりなしを頼む。

覚馬と八重は、東京で勝海舟に会う。尚之助の消息を知っていたら教えてくれるよう頼んでおいたのだ。勝は二人に、尚之助が巻き込まれた裁判の件と、今は東京にいることを話す。八重は尚之助に会いに行く……

尚之助「女学校の舎監ですか、お元気そうでよかった。――今はこの長屋で寺子屋の真似事のような事をしています。意外と楽しいものです……」
尚之助「結局私は何も成せなかった。これが私の身の丈に合った暮らしです」
八 重「そんな事ねえ。尚之助様は藩の皆様の命を守って下さった。ずっと後悔してた。斗南に行げばよかったって。こんなことになっていただなんて……許してくなんしょ!」
尚之助「私こそ、あの時、猪苗代に行こうと命懸けで私の隣に立ったあなたの誇りを踏みにじりました。許してください」
八 重「謝んねえで! 何も悪ぐねえ。尚之助様に甘えで意地張って、私はばかだ」
八 重「私をおそばにおいてくなんしょ。夫婦でなくて構わねえ。尚之助様のお役に立たせてくなんしょ。お願いしやす。お願いしやす」
尚之助「八重……」
八 重「尚之助様……」
尚之助「がっかりさせないでください。あなたには京都で生徒たちを助ける舎監の仕事があるんでしょう?」
八 重「だげんじょ、尚之助様を放ってはおげねえ」
尚之助「私の妻は鉄砲を撃つおなごです。私の好きな妻は、夫の前を歩く凛々しい妻です。八重さんの夫になれたことが、私の人生の誇りです。もう二度とここに来てはなりません。あなたは新しい時を生きる人だ。生きなさい」
八 重「待ってっからし。前を歩いて、京都でずっと待ってっから。旦那様」
尚之助「それでこそ、八重さんだ」

雑感

生まれて初めて、そして恐らく生涯でただ一度、「八重」と呼び捨てで呼んだ瞬間に涙腺が決壊。

自分はドラマ的には第29回「鶴ヶ城開城」で尚之助が退場でも良かったと思っていた。しかし斗南へ行って苦労し、会津のために汚名を敢えてかぶったことを描く必要はあったということだろう。そのためにさらにこんな場面を用意していたとは。

あの時も、ただ一度だけ会津弁を喋って萌死させられたあとのあの描写であった。そして今回は頑なにさん付けで呼んでいた八重を呼び捨て。あの時、強靭な意志を持つ尚之助も感情の昂ぶりを押さえられなかったに違いない。NHKだから八重の涙を尚之助が指で拭うだけで終わったが、あれは暗示であり、実際には男と女になって抱き合ったと見る。これまで、神保雪が虚ろな目をして縄で吊るされているあの表情で凌辱されたあとであることを表わし、「目が見えなくても花を愛でることはできる」というセリフで現地妻との間に子を成したことを表現してきたこのドラマである。その程度のことは考えて当然である。というか、せめて尚之助にはせめてそのくらいのご褒美があったと思いたい。

八重が尚之助のそばにいたいと思うのは自然だ。食うや食わずの貧しい暮らしなのは一瞬で見て取れるから、二人で生活できるかは疑問だが、なに、兄の覚馬は今や成功して裕福な暮らしをしているのである。覚馬にとっても尚之助は義理がある。借金の3000両を肩代わりするのはともかくとしても、二人の生活の面倒を見るくらいはできるだろう。

尚之助は、どれほど八重にそばにいてほしかったか! 激しい葛藤が、八重に感じられたかどうかわからないが、視聴者にははっきりわかっただけに切ない。しかし藩も、地位も、名誉も、妻も、将来も、健康すら失い、残りの命さえ失いかけている尚之助は、誇りだけは失わなかった。八重さんは前へ行く人だ。こんなところで朽ちてはいけない。あなたの夫であったことが私の生涯の誇りです。どうかその誇りをいだいたまま死なせてくださいと。この時点で尚之助がどこまで自分の死期を感じていたかはわからないが、長生きできるとは思っていなかっただろう。仮に長生きしても3000両の借金に追いかけられるだけだ。必死になって、魂を込めて、二度とここにきてはいけないと言ったのだ。

寺子屋もどきの仕事も楽しいものだ、と尚之助は言ったが、その目は全く楽しそうではなかった。物語の冒頭で八重が舎監の仕事を実に楽しそうに務めているのとは対照的である。この場所で、八重がそんな風に楽しく、やりがいを感じ、社会的にも意義のあるような、そんな活動ができるかといえばできるわけがないことは明らかだ。それでも八重は尚之助のそばにいたかっただろうし、尚之助に、そばにいてくれと言ってほしかっただろう。それなのに――「がっかりさせないでください」と言われたら、もう八重はそれ以上は突っ込めない。だから京都で待っていると言う。決して尚之助が京都に来ることはないと知りながら。

そして八重が家を出て行ったあと、ついに尚之助は泣き崩れる。八重も泣きながら去っていく。当然、視聴者も一緒に泣き崩れる。と、突然そこに新島襄のスピーチの場面がかぶる。なんとも残酷な演出だ。

ただ、この時のジョーの演説は、日本は新しい時代になったが人々は迷い、傷ついている。自分は日本に戻って学校を作りたい。それが自分の夢だ。支援してほしい。と語る。冒頭の八重のdreamを語る場面とブックエンドになっているわけで、その点は悪くなかった。

ひどかったのは、それに続いて放映された来週の予告編である。なんとジョーと八重がイチャイチャする場面が映ったのだ。ジョーが日本に帰って八重と出会うことが暗示されればそれで十分ではないか。一週間経てばそうした内容も受け入れられるが、たった今「京都でずっと待ってっから。旦那様」と語った直後に、別の男と仲良くしているシーンを流す神経は判断に苦しむ。この予告編はホームページに置くなどして、テレビで放映する分はそのシーンをカットするなどの配慮があるべきだった。

今日の英語

teacher : Ladies, would you mind sharing some of your dreams for the future?
Yae : My dream is I make this go bigger and bigger to study and learn more and more!

川崎尚之助と八重―一途に生きた男の生涯

川崎尚之助と八重―一途に生きた男の生涯

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