いくらドラマでもこれはいけない――NHK大河第43回「鹿鳴館の華」

会津藩家老・山川家の末娘、捨松が、仇敵薩摩の大山巌に嫁ぐことになった。

出演

粗筋

帰国した捨松は津田梅子と日本で就職活動を展開するが、「女子の国家への貢献は、さっさと嫁に行き男子を産むことと心得よ」と追い返されるばかり。「国費で留学した私に仕事をさせないとは」と憤るがどうにもならない。浩が同志社女学校の教師にしてもらえないかジョーに打診している折も折、捨松を見初めた大山巌から、縁談が舞い込んだ。大山は再婚で子供が既に三人おり、年齢差もあり、何より薩摩の人間である。周囲は「話にならない」と一笑に付すが……

「おはんは、誇り高き会津のおなごでごわす」
「海外に出れば、同じ日本人です」

山川浩山本覚馬を訪ねてくる。直接のきっかけはジョーへ捨松の就職の依頼だが、覚馬との再会も会津戦争以来になる。

「ご家老として、会津の苦難を最後まで背負われた大蔵様のご苦労は……」
「おやめください。俺も戦に敗れて会わせる顔がなかったんです」

覚馬は尚之助が書いた「会津戦記」を「読んでやってください」と浩に渡す……

雑感

これはドキュメンタリーではなくドラマなのだから、架空の人物を出してもいいし、会ったことのない人同士が会ったことにしてもいい。それは制作者の自由である。とはいえ、歴史を題材に取る以上、やっていいことと悪いことがあるのではないか。尚之助が死の床で「会津戦記」を遺した、というエピソードが紹介された時は「それはちょっとやり過ぎでは……」と思ったが、こんな形で浩に渡されることになるとは思わなかった。

ということは、あれかい? 山川浩・健次郎の残した「京都守護職始末」は、尚之助の「会津戦記」のリライトだとでもいうのか? 山川兄弟の偉業を貶めて、いったい誰が喜ぶのだろう。既に今回の大河ドラマを通じて川崎尚之助の名誉は大いに回復した。最後の最後まで会津に尽くした、それで十分だ。

覚馬が「会津戦記」をそれほど優れた文献だと考えていたなら、10年もほったらかしにしたのはおかしい。しかるべき人(たとえば大殿様)に送ることもできたはず。火事にでもあったら一巻の終わりである。ドラマとしても、尚之助は既に過去の人。八重の二番目の夫であるジョーも間もなく死ぬというこの時期になって、今さら尚之助を持ち上げる意味がない。いずれにしても、これはやってはいけなかった。

捨松の縁談に突然八重が口をはさむのも滑稽だ。いったい何の権利があってオマエが口をはさむのか、おまけに「捨松が欲しければ私に腕相撲で勝ってからにしろ」などと、何を勝手に決めているのか。まあ、この程度は呆れるだけで、大騒ぎするほどではないのだが、「江」のクオリティに近づいてきたなあ。

大山が捨松を口説き、捨松が好意を持つシーンは良かったね。