窓の向こうに

月に数回映画館に通う程度の映画ファンです。自分が見た映画やドラマの感想を書いています。

NHK大河第34回「帰ってきた男」

今日の見所

本年随一のコミカルパート。

出演

粗筋

新島ジョー帰国。日本に学校を作ろうと奔走するが、キリスト教の学校ということで反対が多くうまくいかない。木戸に相談すると、京都を薦められる。京都は仏教勢力の強いところだが、山本覚馬がいる。覚馬に相談してはどうかと。覚馬はジョーの人柄に触れ、協力を決意。槇村にうまく説得して後ろ盾を約束させる。

「この先、日本が間違った道に進まないためには、良心を持った人間が必要です。あなたの学校を京都に作って下さい。私が力になります」

覚馬の指示で耶蘇教の勉強を始めた八重だが、どうも理解できない。右の頬を撃たれたら左の頬を差し出せとか……。こんなこと会津じゃ通用しねえ! と。

暑い京都で、井戸の上で勉強していたら、通りかかったジョーがあわてて(心配して)抱きとめようとする。

「すいません、不躾でした。ご婦人は守るべしと教えられてきたので」
「守る? 私を? 私は守られたいなどと思ったことはありません。人に守ってもらうようなおなごではねえ。私は会津の戦で鉄砲を撃って戦った。男と同じように。敵を倒し、大砲を撃ち込んだのです。7年過ぎた。んだけんじょ、私には敵のために祈れという耶蘇の教えはわかんねえ」

覚馬はジョーに語る。

「妹は城で戦い、国が踏みにじられるのを目の当たりにした。胸に刻まれた深い傷は、癒されることはありません。天道溯源(てんどうそげん、中国語の聖書)を知った時、私は耶蘇の言葉の中に、恨みや憎しみを越えていく新しい道が見つかる気がした。妹にも聖書を学ばせた。八重が背負った重荷は、誰にも肩代わりできねえ。乗り越えていく道は、八重が自分で探すしかねえ」

槇村はジョーに結婚はしないとかと尋ねる。独り者は信用されないと。

「そうじゃわしが見繕っちゃろ。好みを言うてみい。細面がええか? 丸顔が好きか?」
「顔にはこだわりません。ただ、東を向いていろと言われたら、3年でも東を向いているような、そんな婦人は御免なんです。学問があって、自分の考えをはっきりと述べる人がいい。宣教師はいつどこで命を落とすかわかりませんから。一人で生きていけねば困ります。私の仕事を理解し、もし私に過ちがある時は、教え導いてくれるような人。私はそういう人と温かいホームを築きたい」

槇村は「そんな女はわしゃ苦手じゃ……」とつぶやくが、一人、思い当たる人がいた。

山川健次郎イエール大学を卒業して帰国。兄・浩に「学問を究めたい」と宣言。浩からは「家は貧乏だぞ」と宣言されてしまう。二葉は健次郎の帽子をさっそく質に。

ジョーは覚馬の屋敷に居候することに。キリスト教に反対する人がこの家に押しかけてくるかも知れず、迷惑をかけることになるのではないかとジョーは懸念していた。

「それぐらいの事うちでは誰も驚きません。兄も私も、人が反対することばっかりやってきましたから」
「いや、しかし……」
「耶蘇がキリスト教を始めた時も、まわりの人たちはそんな考えは間違ってると、こぞって反対したのですよね。でも耶蘇はひるむことなく教えを広めたと聖書に書いてありました。だったら同じようにすればよいのです。♪Yes, Jesus loves me. The Bible tells me so.(聖書にそう書いてあんべ)」

八重「他に何か用がありますか」
ジョー「ひとつだけ。八重さん、私の妻になって頂けませんか」

雑感

先週あの泣ける話の次は、実に笑える話だった。このコントラストが実にうまい。本当に声をあげて笑い転げた。

耶蘇の教えに納得がいかないという八重に、佐久は「耶蘇様は国を奪われたことがないんだべ」と言うところ。

ジョーが妻の条件を述べ立てた時、槇村はどんな顔が好きだ? うりざねかぽっちゃりか……というような意味で訊いたのに、全然違うことを言い立てるので、嫌そうな顔をしつつ、槇村が嫌がる女といえば……槇村(高嶋)の顔芸も見事だけどここは笑えた。

そして何より、最後にとってつけたかのようにプロポーズするジョー。こういう「軽い」演技はオダギリジョーの真骨頂だ。

"The Bible tells me so." の訳として「聖書にそう書いてあんべ」と字幕が流れるし。

しかし、ジョーとの初対面で「川崎八重」と名乗ったのにはやられた。

それにしても、八重の好みは、1)覚馬の肝入り、2)居候、3)白い服、なのか。
(2013/09/08 記)

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