NHK大河第42回「襄と行く会津」

回想シーンてんこ盛りの回。

出演

  • 山野海(お吉)←これまで書いていなかったので
  • 戸田昌宏(徳三)←これまで書いていなかったので

粗筋

暴漢に襲われた板垣退助を見舞いに行ったジョーは会津の話を聞かされ、伝道旅行で八重、みね、伊勢を連れて会津に行くことを決意。八重、みねは会津戦争以来初めて会津の土を踏む。この会津訪問は創作と思われるが、時期としては1882年を想定していると思われる。

ここで八重らはうらに再会。みねが嫁に行き、しあわせに暮らしていることを知ったうらは泣き崩れるが、みねが「一緒に暮らそう」と誘うも拒否。「私は会津で暮らす。自分で決めたことだ」と。

大山家では捨松が帰国する……

雑感

会津戦争篇が実に力のこもった力作だったのに比べ、京都篇は何かと物足りないのは事実だが、ずっと力がこもっていると見ている方は疲弊してしまうため、あまり深く考えず軽く見て楽しむことにしている。しかし、それにしても今回はいろいろとがっかりさせられた。

回想シーンが多用されたのは、時代の流れを振り返るためのもので、後半から見はじめた視聴者へは説明の意味が込められたものだろう。そして恐らく、回想シーンを流せば流すほど制作費は削減できるという懐事情も絡んでいるに違いない。理由はなんであれ、当初から見ている視聴者は確実に泣く。泣かせてくれるのは大いに結構なのだが。

うらのことはどうするつもりなのかとここでたびたび問いかけてきた。が、うらとの再会シーンが実現するとは思わなかった。確かにそうしたやり方でうらとみねの間を清算する方法もあるだろうが、それならもう少し考えてほしかったところだ。

ジョーたちは伝道旅行できているのに、故郷に対する懐かしさではしゃぎまわるだけ。戦で傷ついた人の心を癒すという大目標はどうなったのか。ジョーは教会を設立するつもりのようだから、それでいいのかも知れないが。そしてかつて山本家があったあたりは新しく家が建ち、人が暮らしている。そんな中を傍若無人に上がり込み、感傷にふけるのは、ある程度は致し方ないとはいえ、少々度が過ぎているように感じた。そして何よりうらとの再会シーン。

うらは山本家とは縁を切ったが、みねのことは忘れたことはなかっただろう。みねは山本家を出ているのだから、一緒に暮らすのにどういう障害があるのかよくわからない。もちろん、史実ではうらが伊勢家に来たという事実はないから、うらは断わらないといけないのだが、もう少しもっともらしい理屈を考えてほしかった。たとえば親が寝たきりで看病しなければいけないとか。

仮に会津を離れるわけにはいかないとしても、みねとは時間の許す限り一緒に過ごし、語り合うのが自然ではないか。一晩くらい一緒に寝て、親子水入らずで過ごせばいいではないか。なぜ挨拶もそこそこに、みねを避けるように去って行かねばならないのか。よくわからないのだった。こんな中途半端な再会シーンを設定するくらいなら、ない方がよかった。まあ、みねの人生も残り少ないから、最後におっかさまに会えてよかったね、と素直に書いておくか。
(2013/10/27 記)