秀吉がさらにブラック化していく……/「軍師官兵衛」第35話「秀吉のたくらみ」

出演

粗筋

  • 徳川家康上洛。事前に頼んで一芝居打ってもらい、長政をはじめ一同はみな、秀吉の威光と家康の人格に感動する。ただし官兵衛はそれが芝居であることを見抜いた。
  • 関東の心配がなくなり、秀吉出陣。播磨を通る時に光らにも会うが、時間も短く、金のことしか口にせず、一同「秀吉さまは変わった」。
  • 九州では秀吉軍と官兵衛軍の二手に分かれ、薩摩を目指す。合計25万の軍勢を見た島津はとてもかなわないと白旗を掲げる。
  • 九州の地ではキリスト教がかなり広まっていた。デウスを神とあがめる人たちを見て、秀吉は天下統一の邪魔になると判断。宣教師が軍艦を持っていることも警戒心を強めさせることになった。ついにキリスト教禁止令が発令され、高山右近は信心を捨てるよう言われる。官兵衛は反対するが、官兵衛もキリシタンであることを指摘され追い返される。
  • 九州の諸大名には、秀吉に従うなら本領安堵を約束していたが、官兵衛は加増として豊前6郡を与えられることに。そこは宇都宮鎮房の領地だ……

雑感

家康と秀吉の会見の場で、家康が秀吉の陣羽織を所望するのは有名なエピソードで、この話を描いたのは悪くなかった。しかし、家康は「今後は秀吉様が陣頭指揮を執る必要はありません。何かあったら私が動きます」と皆の前で誓ったのだ。その直後に秀吉は九州へ出陣するが、家康はついてこない。家康、口先だけじゃん! と思ってしまう。いつものことだが、こういう点が、今年の大河の下手なところだと思う。

もうひとつ。宣教師のコエリョが秀吉にいらんことを言ったのを聞いた官兵衛は、このままではまずいと判断、軍艦を秀吉様に献上させることとし、高山右近に、コエリョを説得するよう依頼する。右近も引き受ける。が、次の場面では、秀吉の三成への「コエリョは軍艦をわしに寄越す気はないのか」という会話に進んでいる。右近はコエリョに話をしたのか? 秀吉が軍艦を召し上げようとしたのはその前? あと? 話がつながっていないのである。細かいことだが、本作はこうした「飛び」が多い。「ダイジェスト大河」と揶揄されるゆえんである。

茶々はなぜ親の仇である秀吉を受け入れたのか。「江」では、秀吉が熱心に口説き続け、ついに茶々の心を動かしたという設定になっており、揺れる心を宮沢りえが好演した(残念ながら秀吉にあまり魅力が感じられなかったため、茶々に感情移入はできなかったが……)。本作では、自分は日本一強い男につく、それで秀吉を選んだということのようだ。この時代、少なくとも武家社会では惚れた腫れたで婚姻を決めることはないと思うので、今回の茶々の方が納得できる。このように、物語の中での理由をはっきりさせるのはいいことだ。二階堂ふみに期待したい。もっとも、官兵衛物語で茶々まで描く必要があるのか、率直なところ、疑問がないでもないが。

秀吉がどんどんブラック化していき、官兵衛の家族や官兵衛自身とも齟齬を生じるようになっていく。しかし、キリスト教禁止令もその大きなきっかけのように描かれていたが、政治家の立場として、キリスト教のこれ以上の布教を警戒するのは当然だと思う。宗教は常に政治に利用される。日本では、神道も仏教もしかりだ。そこがわからないようでは、官兵衛もまだまだ。

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