31年ぶりに劇場鑑賞「ロッキー」

題名ロッキー(原題:Rocky)
脚本シルヴェスター・スタローン
監督ジョン・G・アヴィルドセン
出演シルヴェスター・スタローンロッキー・バルボア)、タリア・シャイア(エイドリアン、ペットショップ勤務)、バート・ヤング(ポーリー、エイドリアンの兄)、バージェス・メレディス(ミッキー、トレーナー)、カール・ウェザース(アポロ・クリード、チャンピオン)、他
制作USA(1977年4月16日日本公開)
劇場立川シネマシティ

粗筋

ロッキー・バルボアは万年4回戦ボーイのボクサーだ。試合に勝って手取り約40ドル。当時の為替レートで1万円ちょっと。試合は2週間に一度。これではとても生活できないため借金の取り立て屋で口に糊しているが、非情に追い込みをかけることができない。そんな風にすべてに中途半端な日々を過ごしている。

ペットショップに勤めるエイドリアンに好意を抱き、毎日ショップによっては話しかけるが、口をきいてもらえず、顔も合わせようとしない。嫌われているのか、内気なのか……。兄のポーリーとは友人なのでセッティングを頼むが、ポーリーがまた癖のある人物で、お世辞にも話はうまくまとまらない。が、とにかくロッキーとエイドリアンは付き合い始めることになった。

そんな矢先、世界チャンピオンが人気取りのために無名のボクサーと試合することを計画し、相手にロッキーを指名する。実力が違い過ぎるといったんは断わるが、アメリカンドリームの体現だと説得され、試合をすることに。そのことが公表されると、これまで冷たかったトレーナーが協力を申し出てきた。負けても15万ドルという高額なファイトマネーが手に入る。その金が目当てかとイラつくロッキーだが、結局は協力を依頼する。

これまでにない過酷なトレーニングに臨むが、とても勝ち目があるとは思えない。「しかし、もし……15ラウンドを終えて立っていられたら……自分がただのチンピラじゃないことを証明できるような気がする」とエイドリアンにつぶやく。

試合のゴングが鳴った――

雑感

名作は何回観ても名作、と思わされる作品。

ロッキーのシリーズはVHSやDVDを借りて何度も見ており、内容はよく知っているものの、劇場で観るのは初めて、と思っていた。が、劇場で観ているうちに、同じ感じを味わった経験があると思い当たる。調べたら1982年11月に劇場で観ていた。我ながら意外(当時は映画なんてめったに観ることはなく、たまに観ても邦画だけだったはずなので)。

激しいトレーニングをしている時、ロッキーが、というかシルヴェスター・スタローンが、片手で腕立て伏せをしていて、驚愕したことを思い出した。そんなこと人間業でできるのか、いや本物の世界タイトルを狙うようなボクサーならできるのかも知れないが、一介の役者がと驚いたのだ。その後自分でもできるようになったから、今はあまり驚かない。時の流れを感じる。今でもできるかな……?(⇒やってみたができなかった!)

それにしても、ロッキーのテーマはなんて心躍る音楽なのだろう。試験だったり、試合だったり、自分を鼓舞しようという時にこの曲をかけるようになった人は、世界中に無数にいるはず。それだけ大勢の人に力を、勇気を、夢を与えたのだ。僕の場合は「宇宙戦艦ヤマト」のオープニング曲だったけど……

試合には負けたのもいい結末である。最後まで立っていられたら、と自分で目標を決め、それを自分でクリアしたのである。そこが大事なのだ。

前半で、人間関係をていねいに描いているのがいい。ロッキーの周囲にいる人は、悪人ではないのだろうが、いわゆるチンピラめいた人間ばかりで、これから先もあまりいいことがありそうには見えない。そういう世界の中にロッキーはどっぷり浸かっているのだ。

試合が決まってからは、必死になって厳しいトレーニングに励むロッキーに対し、チャンピオンはプロデューサー業に没頭し、練習風景がでてこないのもうまい。周囲が、この相手は要注意だぞと言っても歯牙にもかけず、要は相手を嘗め切っていたのである。本来なら、ランキング外の選手がチャンピオンと互角に戦えるわけがないのだが、まんざら荒唐無稽でもないと思わせる説得力がある。

名作であることは疑いがないが、今の視点で見ると、これまでとは違った感想もある。

まず世界タイトルマッチも今は12回戦だ。15ラウンド制に懐かしさを感じる。

以前は「単なるDQNだな」ぐらいにしか感じなかったポーリーだが、今の感覚だとあのDVは耐え難い。直接エイドリアンに暴力を振るうわけじゃないとしても、彼女が料理した肉を放り投げたり、バットで家財を壊しまくったり、のべつまくなしに怒鳴り散らすのは限度を超えている。これは観ている側の時代の変化だろう。

ミッキーは、ロッキーに厳しいトレーニングを課すが、作戦は伝授しない。今なら肉体のトレーニングも大事だけど頭のトレーニングはもっと大事だというのが共通認識だろう。つまり、チャンピオンの試合のビデオなどを見てその癖を研究し、左フックを撃ったあとに脇腹に隙が出来る、フックを避けてボディー、これをとことん練習するぞ! とかなんとか、作戦を立ててイメージトレーニングを繰り返すはず。このあたりは時代の差というか、進化を感じた。

配役

脚本を書いたスタローンが、自分が主役を演じることにこだわったために、低予算の映画になってしまった(が、それが大ヒットした)ことは有名だが、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたこともあるタリア・シャイアをヒロインに起用したのは慧眼だった。内気で、非社交的で、30を過ぎるまで男性と付き合ったこともない、しかし芯はしっかりしており情熱を内に秘めたエイドリアンという役を見事に演じ切った。この映画の半分は彼女の魅力だと思う。

今日の英語

シルヴェスター・スタローンの英語は聞き取りにくい。

  • I'm sorry.

ペットショップのエイドリアンにロッキーがあれこれ話しかけた時にエイドリアンが呟いた。字幕は出なかったが、「それはお気の毒ね」の意味か。

  • I mean business.(本気だぜ)

チャンピオンが、本当にロッキーとやるのか? と訊かれて。

  • I can't do. I can't deal.(できないよ)

試合の直前、弱気になったロッキーがエイドリアンに。