NHK大河第50回「いつの日も花は咲く」

粗筋

日清戦争始まる。八重は従軍篤志看護婦として負傷兵の看護に勤める。これまで戦場は男の世界であり、看護婦といえど女がいることを露骨に嫌がる人も少なくなかったが、八重は澄ました顔で「道は私たちが作ればいい」と他の看護婦を励ます。そして叙勲。民間人の女性として初の叙勲は会津の人間だった。

佐久、登美(ジョーの母)、久栄、山川浩が死ぬ。

日清戦争の戦勝に沸く日本では、日露戦争に向けて好戦ムードが高まっていた。率先して大衆を焚き付けていたのは徳富蘇峰らであった。八重は徳富蘇峰を呼び、大きな力は、未来を切り開くために使わなければいけないと説教する。

雑感

何はともあれ、50回を一度も休まず見たので、お疲れさまでしたと言いたい。まあ大河ドラマはこれで4年連続で完走してはいるのだが、感想文を50回分一度も休まず書いたのは今年が初めてであり、我ながらよくやったと思う。

そのような意味でそれなりの感慨もあるにはあったが、ドラマの内容は言っちゃナンだが支離滅裂で、感動しようのないものだった。twitterなどで他の人の感想を読むと、感動した、最高だったという人も多かったので、自分だけの感じ方かも知れないが……と一応お断わりしておく。

八重の叙勲はニュース価値が高い。民間人の女性として初、という点もそうだし、八重自身にとっても、山本覚馬や新島ジョーのアシスタントではなく、自分自身の活動が世間に認められたものであり、彼女の人生のハイライトになるはずである。しかしそこに到る過程がほとんど描かれなかった。今回、15分くらいそれらしい描写があっただけ。これだけ見ても、とても叙勲に値する活動には思えない。最終回に叙勲したことから遡って全50回を俯瞰すると、会津戦争で活躍したことが叙勲の対象だったかと思ってしまうくらいだ。

八重「初めての事には、いつでも反対する人がいんだし。やってみせんべ。道は私たちが作ればいい。誇りを持って働いてくなんしょ」

その15分の描写もよくわからない。最初は戦場に(つまり中国に)病院が建っていたのかと思ったが、舞台は広島陸軍予備病院だそうだ。それなら戦場ではない。それなのになんで「戦場は男の世界だ」と言い出す人がいるのだ? また敵味方分け隔てなく手当てをしたのは立派だが、なんで清国人がいるのだろう。傷ついた清の人をわざわざ海を渡って広島まで運んできたのは誰なんだ?

日清戦争後、茶道を始めた描写があった。これまで男の世界だった茶の道は、現在ではむしろ女性の嗜みごとというイメージが強いが、変わったきっかけは八重だそうである。それは番組後の解説(紀行)で知った。そういう大事なことはドラマの中で描こうよ。

徳富蘇峰への説教の内容も単純にうなずけるものではない。会津戦争を通してさんざん辛い目に遭った八重は、戦争はできれば避けるべきだ、人が死ぬのを見たくない、という気持ちが強いのはわかるが、日清戦争にしても日露戦争にしても、そこに踏み込まざるを得ない事情が日本にはあったわけで、そうした事情を知らぬはずのない八重がナントカのひとつ覚えのように戦争反対を叫ぶのは納得が行かない。

ラストで空に向かって銃を撃つシーンが何を意味しているのかもわからない。いつもハイカラな洋装をしていた八重が、今回は一転して地味な和装だった理由も不明。いろいろと説明不足の多い回だ。

頼母「八重、にしゃ桜だ。花は散っても、時が来っとまた花を咲かせる。何度でも、何度でも、花、咲かせろ」

結局、これが制作陣の言いたかったことなのかもね。福島の復興を掲げて始まった今年の大河は、最後に諦めないで頑張れと言うメッセージを送ったということなんだろう。