三度目の正直「アーティスト」

三回目でも全く飽きないどころか、息を抜く間もないほど画面に惹きつけられる。

最初にジョージが舞台挨拶をする時、共演の女優にはほとんど時間を与えず、自分(と犬)だけたっぷりと時間を遣うという意地悪をなぜしたのかな、と思っていたが、人気絶頂で傲慢になっていたということだろう。

奥さんとの不仲の理由は不明。彼女はジョージの写真に落書きを繰り返していたことから、寂しかったのだろうと思うが、登場時から不仲だった。このあたりもジョージの傲慢さを表わしているのかと思うが、よくわからない。

最大の疑問は、ジョージが落ちぶれるのが早かったことだ。キノグラフの社長がジョージに、これからはトーキーだろう、と打診するもジョージは一笑に付す。会社としてトーキーに力を入れ、ペピーら若手を起用するのはいいとして、サイレント映画の製作を一切やめてしまうのが早過ぎないか。

例えば今、3D映画が次世代の技術かと注目されているが、すべての映画が3Dで作られるわけではなく、3D作品も必ず2D版が並行して公開される。3Dは主流の技術ではないかも知れないが、モノクロからカラーへ移行した時も、一夜にして変わったわけではないはずだ。新しい技術は、機材も必要だし新しいノウハウが必要で、一気に変えるのが難しい事情もあるだろうし、コストの問題もあるから、それなりに並行している期間があったと思うのだが……

ネットで調べてみると、世界初のトーキーは1927年の「ジャズ・シンガー」で、爆発的にヒットしたため注目を集めたが、多くの映画館では音声に未対応で、1930年代はハリウッドでもトーキー版とサイレント版が並行して制作されていたらしい。1930年代末の時点でトーキー対応の映画館は全米で60%程度だったらしい。

となれば、ジョージがあそこまで急激に落ちぶれるのは現実性を欠くのではないか。もっとも、映画では2年くらいの間に起きたことが、仮に10〜15年くらいの間に起きたとしても、結果はあまり変わらないかも知れないが。なまじ寿命が延びた分だけ、却って新システムへの対応に手間取る可能性の方が高いかも。

ジョージがあそこまでトーキーへ嫌悪感を持っていたことがやはりわからない。前回は、声に自信がなかったのではないかと述べた。実際、訛りがひどいとか、声が容姿と合っていない等の理由でサイレント映画のスターだった人が廃業に追い込まれた例もあるそうだが、ジョージの場合はそれが理由とは思えない。もしそうなら、会社もペピーも彼にトーキーへの出演を打診したりしないだろう。

どうも、芸術性においては、トーキーはサイレント映画に及ばない、と考えていた人が当時は多くいたらしいのだ。ヒッチコックは、無声映画は映画の最も純粋な形態だと言ったそうだが、ジョージもそう考える一人だったというわけだろう。このあたりは、「そんなこと説明しなくてもわかるよね」というスタンスか。