「新参者」シリーズに続いて昨年の正月に放映されたTVスペシャル。実に気合の入った作品で、見ている方も一瞬たりとも気が抜けず、見ている間は怖くて指が震え、見終わったらぐったり。近年稀に見る傑作だった。「容疑者Xの献身」に匹敵する、あるいは凌駕する出来栄えといえる。映画は堤真一の、本スペシャルでは杉本哲太の渾身の演技が光る。
出演
感想(ネタバレあり)
なんて恐ろしいドラマなんだろう。そう思わずにはいられない。
事件の経緯を追って述べると、春日井優菜という女の子が殺される。それに最初に気付いたのは前原八重子だが、どうやら自分の子である直巳(なおみ)が手を下したらしいと知り、昭夫に隠蔽工作を持ちかける。こんなことが世間に知れたら直巳の一生は台無しになるし、自分たちも殺人者の親として世間に顔向けができなくなるから。当初は反対し、自首しよう(させよう)とした昭夫だが、八重子から、「あなたは家庭のことはすべて私に押し付けて、都合が悪いことからは逃げるだけ」と言われ、返す言葉がなく、結局は偽装に協力し、死体遺棄を行なう。
そもそも昭夫の両親は子供が家を出たあと二人で暮らしていたが、昭夫の父が認知症になった時、大森春美は足しげく世話に通ったが、昭夫はおざなりに顔を出して適当なことを言うだけ。そのことを晴美に責められた(恐らく)昭夫は、父の死後、家族で実家に引っ越し、母親との同居を始め、これを以て長男の務めを果たしたつもりでいた。
しかしさして広くない家に顔を突き合わせて暮らす嫁姑がそうそううまくいくわけがなく、諍いが絶えなかった(もちろん昭夫は知らん顔)。そうした大人を目の当たりにして育った直巳は、(それだけが原因ではないかも知れないが、恐らくそれも影響して)心を閉ざしてしまう。ほとんどまともに他人とコミュニケーションを取ることができなくなり、部屋に引きこもりがちになる。昭夫は、そんな家へ帰っても安らぐどころか疲れがたまるだけと、よりいっそう仕事に打ち込むようになり、ますます家庭を顧みなくなっていく……
という矢先に事件が起きたのだった。殺人事件はともかく、家庭崩壊に関しては、一歩間違えばわが家にも起こりそうな、起きてもおかしくないような出来事であり、そのことがまず恐ろしい。そして、わが子の罪の隠蔽を図る昭夫と八重子は、刑事が前原家をマークし始め、知らぬ存ぜぬが通用しないと判断すると、こともあろうに、政恵がやったと主張するのだ。政恵は認知症だから、罪にはならないだろうと計算して。(というより、子どもには将来があるが、年老いた親にはもう先はないと冷酷に判断して、と言った方が正しいか。)いくらわが子をかばうためとはいえ、親のせいにして恥じない心が恐ろしい。
加賀恭一郎や松宮修平は、昭夫や八重子が隠しごとをしていると感じる。修平は、参考人として警察署で尋問すればすぐに真実が明らかになるだろうというと、恭一郎は、それではダメだ、真実は、この家の中で明らかにされなければならないという……
杉本哲太は人の心の弱さ、醜さを迫真の演技で表現していた。大それたことをしておきながら、加賀がちょっとしつこくあれこれ尋ねただけで、もうだめだ、やっぱり無理だなどと簡単に音をあげるあたりの動揺ぶりが見事だ。また、わが子を守るためなら何でもするという西田尚美の狂気ぶりもすごかったし、滝藤賢一の娘を失った悲しみの表現がすごくて、事件の悲惨さを際立たせていた。
メインの話とは別に、ここでは恭一郎の父が登場する。病院に入院していて、もう先は長くない。甥の修平はたびたび顔を見せるが、実の子である恭一郎は一度も病室へ顔を見せようとしない。そんな恭一郎に修平は愛想をつかすが、実はそこには深い思惑が込められていたのだ。そしてそれはメインの事件における前原政恵の行動とリンクし、二つの物語が最後に溶け合う。
これまで東野圭吾作品はたびたびドラマ化、映画化されてきたものの、「容疑者Xの献身」以外はどうも感心しなかった。しかし本作はこれまでのどの作品より優れているのではないか。*1「麒麟の翼」には大いに期待したい。