吉田松陰の怒りを説明する

「あずみ」という小山ゆうの漫画作品がある。江戸時代初期、幕府方の暗殺集団の一員であるあずみという少女を描いたもので、単行本は全48巻で完結している。その後、続編として「AZUMI」が描かれた。やはりあずみという少女の刺客を描いたものだが、舞台は幕末に飛んでいる。昨年完結した。単行本は全18巻。二人の「あずみ」に何か関係があるのか、作品中では明らかにはされていない。実在の人物がたくさん出てくるが、むろん架空の物語である。

小山ゆうのちゃんばら好きは有名で、本作も、第一にはあずみが特殊な武芸を用いて並み居る屈強の男たちを瞬殺していくアクション漫画である。また小山ゆうのユーモアのセンスは超一流であり、随所に盛り込まれたコミカルなシーンは本当に笑える。そのため、殺戮者を描いていながら、全体としてはあまり悲惨にならず、明るい話に仕上がっている。

しかし何よりも、時代劇である。それは舞台が江戸時代だから、ではない。その時代の空気(社会情勢とか人々の考え方とか)が非常によく描けているからである。たとえば「AZUMI」においては、長い間、身分制度の枠にとらわれた社会の中で、身分の低い者ほど理不尽な思いをすることが多く、それを(身分が低いから)当然のことと受け止めはするけれど、やり場のない怒りを澱のように腹の中に溜めている。だからこそ、超法規的なあずみの存在価値があるのである。

だから、背景となる時代のことをある程度知らないと、面白さがわかりにくいだろうが、そこは随所に説明がなされている。決して、歴史のお勉強をするようにくだくだしい解説があるわけはない。が、知らない人はなるほどそうかと思うだろうし、知っている人もそうそうと納得する、簡潔でわかりやすい説明である。それが小山ゆうの巨匠たるゆえんであるが。

「AZUMI」の物語が始まる時には、既に吉田松陰は死んでいる設定だが、序盤で、高杉晋作が新平という若い長州藩士に、松陰の教えを説く場面がある。そのセリフをまるごと引用してみる。

新平「どうして各藩の武士たちは横浜にいる夷敵どもを襲撃に行って追い出さないのでありますか」
晋作「新平は、そうしたら異人どもは降参して逃げ出していくと思っているのか?」
新平「日本の武士が夷敵どもに負けるはずがありません!」
晋作「新平は……でっかいインドや清国が西欧列国の植民地に、つまりは奴隷国にされちまっていることは知っているな?」
新平「はい。だからこそ攘夷をしなくては」
晋作「だが、残念ながら新兵……西欧列国と全面戦争などしたら、悔しいが日本もかなわない」
新平「えっ!?」
晋作「武力も国力もはるかに上なんだ。敵の方が……」
新平「えーっ、う、嘘でしょ? ……そ……そんな……」
晋作「嘘ではないんだな、これが。だが、それでも攘夷はしなきゃならないんだ。奴隷国にされないためにはどうすればいいか……僕たちの師・吉田松陰先生の叫んだ攘夷とはどういうものかを説明してやるからよーく聞け、新平!」
新平「はいっ」
晋作「わかりやすく国を人にたとえて……新平、おまえが日本国で僕が西欧列国だとしよう。『おう、日本国さんよう、ええかげん開国をしろよ! 条約を結べってんだこのやろう』と、こうやってきた。そうしたら幕府である新兵は、『ああーっ、僕は戦いませんから攻撃はしないでね。条約を結びますからどうか仲良くしましょうね。わはははははーっ』と、こうやっちまった……。だから奴らは、『よーしよし、殴ったりしないからいい子にしろよ。子分にしてやろう。まずは金を出してもらおうか』そうして、奴らが儲かって日本だけが損をする、不平等条約を結ばされちまったってわけだ。奴らこれから、日本を奴隷国にしていくつもりだからな」
新平「うぬーっ……」
晋作「なら、どうすべきなのか? 奴らがこうきた。そうしたら新兵は、『おう! なめるんじゃねえ! それほど条約を結びたいなら結ばんでもないが、なめた条約結ばせようってんなら、刺すぞこら! とことん抵抗して戦いまくってやるから命捨てる覚悟で来やがれ!』と、牙を剥かんとだめだ。そうすりゃ奴らだって傷を負いたくはないから、『まあまあそう怒るな……俺たちは貿易をしたいだけだ……とりあえず条約を結ぼうぜ』と……ちょっと腰が引ける。無論、結局は植民地にするつもりは変わらんが、対等な条約さえ結べりゃあ時を稼いで、その間に日本を大急ぎで強い武力を持つ国に変えていける。いいか! ハッキリ言えることは……弱腰で降参して結ぶ条約と、とことん戦うぞ! という気概を見せて結ぶ条約とでは、天と地の隔たりがある! ということだ!」
新平「……(感激してうなずく)」
晋作「僕たちの師・松陰先生が、命を懸けて……『日本の若者たちよ立ち上がれ!』と叫んだのは、『不平等条約を撤廃するためには……弱腰政府など倒してしまえ! 日本中の若者たちが立ち上がって、一つになって、夷人ども! 日本の侍は奴隷などには絶対ならないぞ! と牙を剥け! 百年後、二百年後の日本人のために、今!! 若者たちよ立ち上がれ! 狂え! 狂気を見せろ!』それが松陰先生の叫んだ……攘夷なんだ……」

漫画ではちょうど10ページ。ちょっと長く感じるが、全18巻のうちの10ページだからほんのわずかである。しかし、日本の危機的状況と松陰の問題意識がよくわかる。文章だけだとわかりにくいが、漫画では高杉晋作が素晴らしい演技を見せるため、とてもわかりやすい。これがあるから漫画が生きるのである。

上記をそのままドラマでやったとして、せいぜい10分程度だろう。その10分の時間がないとは言わせない。ここ数年、伝え聞くところによれば、大河ドラマの制作スタッフは、「わかりやすい作品を」「視聴者のみんながみんな歴史に詳しいわけではないから」ということを言っているらしい。みんなが詳しいわけではないのは事実だろうし、わかりやすい作品を目指すことそれ自体は賛成である。しかし、やり方が間違っている。わかりやすい作品とは、歴史的状況の説明を避けることではない。わかりやすい説明を適宜はさむことなのだ。

「花燃ゆ」の制作スタッフは、今からでも遅くない、「あずみ」「AZUMI」を全巻入手し、その巧みな技を学ぶべきだ。