良質のドラマ。「花燃ゆ」第1話「人むすぶ妹」

良質のドラマに仕上がっている。ここ数年の大河ドラマの中では出色(初回に関しては)。

出演

他に高杉晋作(本役)、久坂玄瑞など松下村塾の塾生が冒頭で大勢登場したが、今回は顔見世なので省略。

スタッフ

粗筋

長州藩兵学師範である吉田寅次郎は公開で軍事教練を行なう。その出来に満足しない寅次郎は「これじゃあ、いけん」とつぶやくが、見学していた文も寅次郎の気持ちを察し、思わず「寅兄がいけんと言ってる」と声に出してしまう。それを聞きつけた叔父の玉木文之進は「なにを言う! 兄を笑い者にする気か」と激しく叱りつける。

小田村伊之助は江戸で遊学していたが、母・志乃が危篤と聞いて急ぎ帰国する。が、危篤は彼を帰国させるための嘘であった。日本のためにもっと学びたいという伊之助に、志乃は、あなたは明倫館で儒学を教えていればいいのだ、それ以上を望むなと冷たくたしなめる。学びたい気持ちを抑えられない伊之助は河原で号泣。それを文に目撃される。

その後、敏三郎は河原で本を拾う。それは何と禁書であった。伊之助のものだと察した文は、誰にも打ち明けることができずひそかに伊之助を訪ねて明倫館に行くが、玉木文之進に見つかってしまう……。

雑感

見ることは決めていたので、極力事前情報に触れないようにし、公式サイトなども一切見ないようにしていた。当然、文という人がどういう人物かも全く知らないまま視聴した。

まず、大河ドラマの初回としては、ここ数年の中では最も出来がよかった印象である。ドラマとしてよく出来ている上に、「今年の大河はこういうものです」という方向性というか、骨格を見せてくれたように思えた。近年の大河で、初回にこれを明示してくれたのは「八重の桜」ぐらいしか思いつかない。

一方、なるほどそういうことかと、底が見えてしまった感もある。要は、主人公である杉文という人物は、彼女自身は何者でもないため、「人の心を見抜く目を持っている」「人と人とを引き合わせる力がある」ことを以て周囲と関わっていくことになるようだ。つまり狂言回しに徹することを宣言しているわけである。このようなシリーズは恐らく大河ドラマ始まって以来のことだと思うが、そう腹を決めて話を作っていくのならば、それはそれで面白くなるかも知れない。

本当の主役は文の兄である吉田寅次郎になるのだろうが、これもまた難しい。維新回天を成し遂げたのは松蔭の弟子たちであり、本人は早々に姿を消してしまう。短いドラマなら松陰の主役もあり得るが、長い大河を引っ張っていくことは出来ない。と心配に思っていたら、小田村伊之助を引っ張ってきた。なるほど、と思った。この人物は僕は知らなかったが、それなりの人物で、しかも長生きをしたようなので、彼をもう一人の主役にすれば、明治維新を描ききることもできるし、明治を描き切ることも可能である。なかなかうまいやり方である。

ドラマの中心になるはずの人物に絡んでくる人物がいる。名前を聞いても知らないが、役者の格からすると今後とも中心になる人物のようである。それがが主人公の夫になる人だというのは「八重の桜」で経験済みなので、ははあ今回も小田村伊之助は文の夫になるのか、と思ったが、公式サイトを見ると、文の姉である寿の夫になるようである。ええーと思ってその後いろいろ調べていたら、文も最初は久坂玄瑞と結婚するが、最終的には再婚することになるらしい。やっぱり!

ドラマとしては、あまり幼少時代を描かず、吉田寅次郎も小田村伊之助もいきなり本役の人を持ってきたのは、潔くて返ってよかった(寅次郎の子役も登場するが、回想シーンのみ)。

今日の寅次郎

「これは幕府が禁じた本です。ですから、こうしましょう」(破り捨てる)「無駄です。どこにでもあります」(と、自分の懐から同じ本を出す)

その他

  • 寅次郎と伊之助が持っていた禁書は「海防臆測」。江戸後期の学者・古賀どう庵(「どう」は人偏に同)が1839年ごろ著した本で、わが国の海防、特にロシアに対する備えの必要とその方法が述べられており、鎖国政策を批判したかどで禁書となる。伊之助はカモフラージュとして「甲陽軍鑑」という題を貼っておいたが、これはもちろん武田氏の戦略・戦術を記した軍学書。
  • 伊之助は、持っているだけで罪に問われるような、それも自分だけでなく藩全体に迷惑がかかる本を、なぜ持ち歩いたりしたのか。行李の中にでも隠しておき、深夜に密かに読むべきで、河原で呑気に読むような本ではないはず。小田村志乃にどのくらい学問があるのかわからないけど、少なくとも軍学に明るいとは思えず、そうであれば、仮に見つかっても題を見て見過ごされたであろう。しかし玉木文之進あたりが見れば、仮に題を貼った紙が剥がれなくても、一見して甲陽軍鑑でないことはわかるのではないか。この伊之助の行為はあまりに軽率であったというほかはない。
  • 文は、敏三郎の拾った本を見て、(1)兄から聞いて禁書の存在を知っていた、(2)わざわざ違う題が貼ってありカモフラージュされていた、という二点から、これは禁書だと気づくのだが、あまりに勘が良過ぎないか。
  • 文が「寅兄がいけんと言ってる」と言ったのは、両親にそっとつぶやいただけだったのに、聞き耳を立てていた(?)玉木文之進が大声を立てて騒ぎになった。禁書に関しても、文が自分の意志で借りたり購入したりするわけがなく、だとしたら文もむしろ被害者であって、怒鳴ったり叩いたりしても意味はない。もっとやさしく問い質していれば文も(うっかり)答えたかも知れないのに。一人で騒ぎを大きくしている張本人なのではないか?
  • 叩くのも怒鳴るのも当時は普通のことだろうからそのことを批判するつもりはないし、実際僕なども子どものころは親や教師に怒鳴られたし、実際手を挙げられることも多かった。が、今となってはこうした暴力的行為は見ているだけで虫唾が走る。時代は変わった。
  • 血気に逸る若い寅次郎や伊之助に対し、藩主が理解を示しつつも、焦るなとたしなめる。この構図は「八重の桜」と同じ。失礼な言い方だが、ちょっと二番煎じな印象も否めない。同じ時代を描いているから、ある程度似通ってくるのは仕方ないとも言えるが。
  • 早くも(?)毛利敬親公が「そうせい」というシーンがあった。これはマニア受けの範疇か?(敬親は家臣の意見に異議を唱えることがほとんどなく「そうせい」と言うのが口癖だったことから「そうせい公」とも言われる。一般にはあまり聡明ではなく家臣任せにしていたことに対して揶揄の意味で使われるが、僕は、よく家臣の意見に耳を傾けた、聡明な君主である証ではないかと思っている)。

配役

  • 山田萌々香が、まさに子どもの頃の井上真央はこんな感じだったのではないかというぐらいそっくり。実際、それが理由で選ばれたというが、演技も悪くない。井上真央も、きれいで可愛くて好きな女優の一人だが、山田萌々香と比べるとさすがにトウが立っているなあ。まあ、井上真央も若いつもりでももう27(今年1月9日で28)だからなあ。
  • 山崎竜太郎が印象に残った。ちょっと大人を舐めた感じがいい味を出している。

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