龍馬伝のその後

龍馬伝」は龍馬が暗殺されてそのまま終わってしまい、消化不良と感じた人も少なくなかったようだ。

伝記物語をどこで終わらせるかは意外と難しい問題である。普通に考えれば、その人が死んだ時に物語が終わるのだけど、周囲の人は生きて歴史は続いていくので、あれはどうなった? という読者(視聴者)の疑問は残る。その割り切れなさにどこまで答えるか。

時代もある。豊臣秀吉は、死後急速に豊臣政権が瓦解するわけだが、彼の死で話が終わって不満は残らない。その後の話はまた新しい物語である。徳川家康も同様。盤石の徳川政権を築き、思い残すことなく死んで行きましたで終わり。どんな伝記でもそうなっているはず。

龍馬と同じ幕末・維新の人物では、勝海舟は長生きをした部類だが、1974年の大河ドラマでは、最終回が慶応4年4月11日の江戸城無血開城で、その後の30年にわたる後半生は全く触れられなかった。明治に入っても旧徳川家と新政府の間を奔走し、よく働いたのだが、勝の輝かしい人生は江戸城無血開城にあったと(その直前の西郷隆盛との歴史的会見も含めて)当時の制作者は考えたのであろう。これはこれで物足りなさが残った。

坂本龍馬は、歴史が大きく動く直前に死んだため、確かに「で、あれはどうなったの?」という思いは残る。ただし、それを語り始めると、それはそれで長い話になってしまうし、主人公が死んだあとで話を続けるというのもドラマツルギー上の問題もある。

小山ゆうの漫画「おーい!龍馬」でうまいなと思ったのは、最終回の直前の回で主要な登場人物の「その後」を簡単に描き、「時代を戻そう」といって最終回に慶応3年11月15日に戻ったことだ。読者の興味に応えると同時に、主人公が死んだあとも物語が続くという間抜けなことになっていない。また、「その後」を描くことで「ああ、これで物語は終わりなんだな」と最終回に向けての雰囲気を盛り上げている点でうまい演出になっている。

しかし、龍馬の物語は、唐突に終わるところが良いのだ。龍馬自身が、今死んじゃうと、あれは? これは? ……と思うところが多々あったに違いないが、彼はそれを見届けること叶わず、旅立っていったわけだ。読者(視聴者)も同じように、さまざまな「その後」に思いを馳せつつ、物語を終わるのである。